外国人旅行者のような眼で外国人旅行者のような眼で
   
 

 はじめまして。三上勝生です。「みかみまさお」と読みます。専門は哲学で,担当するのは「哲学ゼミナール」です。えっ?経営学部の専門ゼミナールで「哲学」?と訝(いぶか)った,不審に思った人もいるかもしれませんね。確かに,変だと思われても仕方のない面があります。しかしながら,大学という教育研究機関では,注意して観察してみれば,その学部,学科にはなじまないように見える専門家は少なくありません。現に,この経営学部だけとってみても,心理学の専門家,ドイツ語の専門家,数学の専門家,体育の専門家,等々という具合に,経営とはかけ離れているように見える専門家たちが存在しています。そうは言っても,それらのほとんどは基礎教養的な講義(札幌大学では「共通科目」と呼びます)であり,経営学部の専門ゼミナールに「哲学ゼミナール」があるというのはやはり普通ではないと思うかもしれませんね。
 実は担当している私自身も普通ではないと自覚しています。しかし,普通ではないところが面白いのだと確信もしています。なぜなら,経営や情報に関連した専門的な授業を多く受けている中で,「哲学ゼミナール」に参加するということは,経営的な眼や情報技術的な眼とは異質な哲学的な眼で物事を見たり考えたりするチャンスが持てるということであり,一つでも多くの,違った視点を自分のものにすることによって,視野が広くなり,発想も柔軟になるからです。
 でも,それだけでは別に「哲学ゼミナール」ではなくても,視野を広げ発想を柔軟にする方法は他にいくらでもあるではないかと疑った人には,次のようにアピールしたいと思います。私の考えでは,哲学とは最も深く,最も異質な眼で世の中を見て,それを何かの言動につなげていくことですから,そのような哲学的な眼をもつことは,視野を広げ発想を柔軟にする最も強力な方法であるということです。

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 いつの世にも,哲学は難しい,どこがどう難しいのかはっきりしないほど難しい,もしかして不必要な学問ではないかと思われてきたふしがあります。しかし,それは物事を深く見たり,根本的に考えること自体が,とても難しいことであることの裏返しです。
 日本の社会の中で20年近くも生きていれば,否応(いやおう)なく日本的な習慣に染まってしまい,少しくらい変なことが起こっても,ちゃんと気に留めず,すぐに忘れてしまいがちです。たとえ将来的に甚大(じんだい)な悪影響を及ぼすような決定と実行が目の前で行われても,です。
 気がついたときにはすでに手遅れ,といったことにならないように,どう考えても無駄なことは勇気をもって中止できるように,一度壊して失われてしまったら,二度と取り返しがつかなくなるようなことがひとつでも減るように,私たちは日々起こることのなかに,何か変,どこか変,と感じ,どこがどう変なのか,さらによく見たり,調べたり,考えたりする力をつけるべきだと思います。
 そのような力,哲学的な眼を持つことは「外国人旅行者のような眼」をもってこの日本社会を生きるということでもあります。「異邦人の眼」と言ってもいいでしょう。初めて訪ねた場所,それが外国であればなおさら,私たちは眼につくものすべてを新鮮な眼差しで眺めます。現地の人々が素通りする,気がつかない,良いところ,悪いところに,旅行者は敏感に気がつきます。そのような新鮮な眼差しを自分が生活する場所で持ち維持することは大変難しいことです。しかし,広い視野と柔軟な発想は,自分がそのなかで生きている環境から離脱した眼からしか生まれないのです。
 そういうわけで,私が担当する「哲学ゼミナール」では,そのような異邦人の眼を養うことを主眼に,様々な素材を教材にして,視野を広げ発想を柔軟にする稽古をします。哲学の本を読むだけではありません。いろんなジャンルの,いっけん無関係に見えるかもしれない人々の仕事,それは音楽だったり,映画だったり,写真だったり,美術だったり,小説だったり,詩だったり,ダンスだったり,等々と多岐にわりますが,それらの仕事に触れながら,そこに共通して潜む「異邦人の眼」を学ぶ,盗む,そして自分のものにする,というレッスンを積み重ねていきます。そして最終的には自分の関心を絞り込んで研究テーマとし,卒業論文の執筆,卒業作品の製作に取り組みます。



 具体的には,ゼミI(2年秋学期)からゼミII(3年春学期)にかけては,様々なジャンルにおける想像力の冒険を多面的に議論する計画です。次のようなテーマを予定しています。ほぼ毎回,映像を素材に用い,紙資料を配付します。

01 私たちは自分の体について何も知らない
:ダンスをめぐって
ビデオ『ダンサー近藤良平』

02 子どもの眼をキープする

:コミュニケーション・ツールをめぐって
ビデオ『絵描き下田昌克』

03 あなたに花を愛しているとは言わせない
:「生かす」ことをめぐって
ビデオ『世界にひとつだけの花屋』

04 憂鬱を官能に変える作法
:音楽をめぐって1
ビデオ『音楽家菊地成孔』

05 人生の幕間
:音楽をめぐって2
ビデオ『ジャズシンガー代世山澄子』

06 世界を多層において見る経験
:写真と映画をめぐって
映画『都市の深淵から』

07 組織なき共同体
:デザインをめぐって
映画『ライフ・オブ・ウォーホル』

08 私のルーツ
:映画をめぐって1(ジョナス・メカス)
ビデオ『映像作家ジョナス・メカス OKINAWA・TOKYO 思索紀行』

09 生は死に向かう時である
:写真をめぐって
ビデオ『荒木経維 花に事あり』他

10 異界への道
:小説をめぐって
ビデオ『作家中上健次の世界』,映画『路地へ中上健次の残したフィルム』

11 変身
:舞踏をめぐって
ビデオ『大野一雄 蕭白を舞う』

12 庭と墓の思想
:映画をめぐって2(デレク・ジャーマン)
映画『ザ・ガーデン』,『記憶の彼方へ』,『BLUE』

13 時間をアートする
:環境芸術をめぐって
映画『rivers and tides』

14 手と眼の思想
:哲学をめぐって1(哲学者の人生)
映画『デリダ』

15 越境
:映画をめぐって3(アレクサンドル・ソクーロフ)
映画『オリエンタル・エレジー』,『ドルチェ』他

16 死に条件づけられた存在

:哲学をめぐって2(言葉の限界)
アルフォンソ・リンギス著『何も共有していない者たちの共同体』他

17 失われたものへの通路1
:旅をめぐって
ビデオ『吉増剛造 in ブラジル』他

18 無国籍と亡命
:ヨウジ・ヤマモト/レイナルド・アレナス
映画『都市とモードのヴィデオノート』,映画『夜になる前に』

19 反戦と日常
:映画をめぐって4
ビデオ『小津安二郎の映像世界』,映画『東京物語』他

20 国家を越え出る力
:映画をめぐって5
映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』他

21 失われたものへの通路2
:民俗学をめぐって
ビデオ『柳田国男』他

22 想像力の起爆剤

:詩をめぐって
ラジオ録音『詩をポケットに』

23 異界通信
:俳句をめぐって
ビデオ『山頭火/尾崎放哉』他

24 ランドスケープとマインドスケープ
:空海の夢
ビデオ『四国八十八ヶ所』他

25 サウンドスケープ
:音楽を超える
マリー・シェーファー『世界の調律』他

 以上のテーマ群は全体的に文芸や思想に偏っていると感じられたかもしれません。正規のゼミナールの時間は限られていますから,その時間内にできることにはかなり制約があります。そこでゼミナールのなかでは扱い切れないが,是非身につけてもらいたいもっと多くの眼に触れられるような素材についてもどんどん紹介していきます。
 ゼミIII(3年秋学期)からゼミIV(4年春学期)では,各自研究テーマを決め,資料の収集と整理,論文のアウトラインや絵コンテの作成など,本格的な論文執筆,作品製作に向けての準備を進め,中間発表をします。
 ゼミV(4年秋学期)では,2月後半の最終発表会に向けて論文の執筆,作品の製作に取り組みます。
 成績評価に関しては,ゼミIでは出席率と参加度,ゼミIIとIIIでは取り組み方の真剣さ,ゼミIVとVでは論文,作品の出来具合に重点をおいて総合的に評価します。




三上 勝生
(みかみ まさお)

1963 室蘭市本輪西町小鳩幼稚園卒園
1968 室蘭市立高平小学校に5年生まで
1970 美唄市立美唄小学校卒業
1972 美唄市立美唄中学校に2年生まで
1973 室蘭市立港北中学校卒業
1976 室蘭栄高等学校卒業
1981 北海道大学理学部生物学科卒業
1991 北海道大学文学研究科博士後期課程哲学専攻修了
1995 札幌大学着任
2001 たまごプロジェクトに参加
2004 スタンフォード大学言語情報研究所(CSLI)客員研究員