ルビャンカ広場KGB本部
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KGB本館(89年): ソ連時代の恐怖政治の総本山。私自身は恐ろしくてとてもシャッターを押せなかった。同行した友人がとった一枚。ジェルジンスキー広場と呼ばれたルビャンカの中央に立つのが初代KGB長官のフェリックス・ジェルジンスキーの銅像。 |
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抑圧犠牲者の慰霊碑(91年): ペレストロイカが進むとともに、恐怖政治の犠牲者を追悼する記念碑が建てられ、公然と秘密警察を批判することも可能となった。ただし、広場の中心には相変わらずジェルジンスキーの銅像が建っている。 |
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ソ連崩壊直前(91年12月): ソ連崩壊を2週間後に控えたルビャンカ広場。銅像は8月クーデターに反対する民主派のデモで引き倒されてしまっている。 |
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銅像の台座(93年): その後長い間、ルビャンカ広場の真ん中には銅像の台座だけが立っていた。エリツィン新政権のもとでKGBは国家保安省に改組された。たぶん同じような仕事をしているに違いない、というのが街の噂。 |
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19世紀のルビャンカ広場: KGB本館の側からみたルビャンカ広場。ちなみにKGB本館は保険会社の建物だった。右端の噴水兼馬の水飲み場が銅像のあった場所。 |
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ソ連時代のルビャンカ広場(91年4月): モスクワ改造計画によってキタイ・ゴラドの外壁は取り払われ、噴水の跡地にはジェルジンスキーの銅像が建てられた。 |
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ソ連崩壊後のルビャンカ広場(99年): キタイ・ゴラドの壁も銅像もなくなってすっきりしたルビャンカ広場。アールデコ風の黄色い建物はショッピング・センター。 |