ムソルグスキーМусоргский, М. П. (1839-81)

 

 「ロシア国民楽派」、「ロシア5人組」といえばこの人。「禿げ山の一夜」や「展覧会の絵」が有名。ちなみに富田勲が演奏した「展覧会の絵」は日本におけるシンセサイザー・ミュージックの草分けだった。当時中学生だった私は、これを聞きたいばかりに、親から英会話学習用に買ってもらったカセット・レコーダー(モノラル)をステレオに改造して「ドルビー・ステレオ・サウンド」に酔いしれたものだった。

 もともとはプスコフの地主貴族の出身だが、1861年の農奴解放によって収入の大半を失い、苦しい思いをしたらしい。が、そうとうの酒乱で、そっちのほうでも苦しい思いをしたらしい。1880年には内務省もクビになってしまう。

 レーピンが描いた彼の肖像画をよく見ると、髪はぼさぼさ、顔もかなり赤ら顔であることに気づくと思う。これは友人の危機を知ったレーピンが陸軍病院に駆けつけて描いたもの。ムソルグスキーはその一週間後にアルコール中毒が原因で亡くなった。享年42歳。墓所はペテルブルクのアレクサンドル・ネフスキー大修道院。

 

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