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その後の機会均等論争 Equal Opportunity of Education Controversy Since Then

1. コールマンの蘇生!?


長く教育制度論の指導理念であった「機会の平等」は近頃にわかに「選択の自由」という新しいそれに座を奪われてしまったかのような観を呈している。「平等と自由を同時に約束する者は、空想家でなければ山師である」(ゲーテ)と言われるように、この二つを完全に調停することは不可能事であろう。では、どんな不平等とどんな不自由の組み合わせなら受け入れることができるのか?

1989年に『教育と不平等』(1)を著した黒崎勲はコールマン (James S. Coleman) の機会均等構想(教育の機会均等を教育の結果という観点から解釈する)にたいする批判としてのエニス (R. H. Ennis) およびバーバラス&シャーマン (Nicholas C. Burbules & Ann L. Scherman) の議論を検討している [黒崎 1989: 127-144]。 黒崎の意図は、コールマンの着眼の的確さとその論理の内在的な不整合とを論証することにあり、したがって、コールマン批判を半批判することにあり、そして、その作業は成功している。

ところで、1980年代における選択論隆盛の最中に登場するコールマンは私立学校の効果を実証したとされる共同研究(1982年出版)の研究代表者としての彼であって、かつて「結果の平等」論として流布したコールマン・レポートが、依拠すべき主要なソースとして触れられることはほとんどなく、たとえ触れられても、すでに歴史の一コマ、輝かしくも今から振り返れば不十分な試論として再現されるにとどまっている [Cf. Chubb and Moe:14-16]。

ところが、1990年になって、すぐ後で紹介するように、ハウ (Kenneth R. Howe) がコールマンの機会均等構想を支持する論陣を張っている。彼は言う。コールマンの提案は10年近くもの間「 (少なくとも哲学のサークルのなかでは) 死んだも同然だった。……本論文でわたしがめざすのは、端的にいえば、コールマンの提案を蘇生させる[resurrect] ことである」[Howe 1990: 292]、と。「蘇生」?! そう、まさしくコールマンの提案は死亡宣告を受けるとまではいかないまでも、仮死状態に置かれていた。少なくともそう受けとめられていたのである。

推測するに、コールマン構想の再登場は、時代錯誤でもなければ、ハウの気まぐれでもなかろう。そのことは、コールマンを支持するハウが、その対抗理論を、「結果は選択を必然的に含み込んでいるとする議論 (the “outcomes entail choice" argument)」と名づけているところからも窺い知ることができる。以後、スペースの節約のため、この議論を〈結果⊃選択〉説と表記する。この説の代表的論者としてハウが念頭に置いているのはバーバラスである。

この両者の論争とその周辺の事情は、はからずも、冒頭に立てた問いに呼応するものとなっている。と同時に、しかし、解答の困難さをもまた浮き彫りにすることになる


2. ハウの議論


2. 1. [結果⊃選択]説批判


ハウによれば、[結果⊃選択]説は次のような基本形式をもっている [Howe 1989: 317]。

(1) 教育結果は、機会の存在プラスそれを行使する選択の結果としてもたらされる。
(2) 選択は諸個人間で相互に異なる。それゆえ、
(3) 教育機会を行使する選択がさまざまに異なるのと平行して教育結果もさまざまに異なってくるというかぎりにおいて、教育の機会均等を平等な教育結果と同一視することはできない。

ハウはまず前提 (1) を俎上に上せる。一言でいえば、オトナの場合 (一般的な機会均等) と子どもの場合 (教育の機会均等)とを同列に論じることはできない、というのが彼の批判の骨子である。
「機会が選択と分かちがたく結びついているという観念」はオトナの場合には当てはまるだろう。だが、子どもの場合には事情が異なる。それは、たとえば、言論の自由という権利が「自由裁量的」であるのにたいして、教育への権利のほうは、「見送られることのできない」、言い換えれば「行使されなければならない権利」であるということに由来する。

教育への権利は、教育を獲得することにたいする個人のインタレストとともに、 (義務) 教育にたいする社会のインタレストをも具体的に表現している。それよりも限定的ではあるが、教育の機会均等も同様にこれら二つのノルムを具体的に表現している。したがって、個人的選択を制約するということが、教育への権利にかんして筋が通らないとするハッキリした理由が存在しないのと同様、そうした制約が教育の機会均等にかんして筋が通らないとするハッキリした理由も存在しない。[ibid.: 319]

機会を奪い取るやり方は二通りある。一つは暴力、もう一つは情報の遮断である。オトナの場合にはそのとおりである。しかし、子どもの場合は異なる。ハウによればその理由はこう説明される。

一つには、教育とは、それをおこなうとは、子どもをきちんとした情報活用者にすることであると、あるいはもっと伝統的な言い回しでいえば、子どもを理性的に自律的にすることであると想定されている。したがって、子どもが……情報の面から機会を取り上げられるということはありえない (少なくともある限度までは) 。なぜなら、たとえ情報が提供されても、彼らはそれをどう扱ったらいいのかわからないからである。さらに、彼らは、きちんとした情報活用者、理性的に自律的な市民にするためには……暴力の方面から子どもに機会を与えないということは perfectly reasonable である。その場合、子どもの機会はか細いかたちでしか存在しないことになる。したがって、将来,彼らが成熟したあかつきに本当の機会を増進させるために、選択は彼らから legitimately に取りあげられるのである。[ibid.: 319]

子どもは、意味あるやり方で機会を持ち、かつそれを行使するためには、一定の知識と知的スキルを必要とする。まさしくこのゆえに、親、学校、国家が子どもに代わって機会を行使するのである。また、まさしくこのゆえに、教育選択を制約すること ―― たとえば、子どもが嫌がるにもかかわらず学校に通うことを国家が要求する場合 ── は、子どもの教育機会を増進させるのである。[ibid.: 320]

このような機会をハウは「命令的/委任的機会 (mandatory opportunity)」と名づけている[ibid.: 320]。そして、この観念を採用することによってもたらされる実際的効果にかんしてハウは次のように述べる。

子どもたちのために (on behalf of=の代理として) 権利や機会を行使するパワーを国家と親に移転するということは、親と国家をそうした権利や機会の担い手にしてしまうものではない。そうではなく、それは親と国家とのあいだの衝突の条件をつくりだすだけであり、そして、親と国家のいずれもが、子どもに提供される教育の種類と量に正当なインタレストを有しているかぎりにおいて、それは、国家と親が相互に相手に反対してもちだす子どものための[=子どもに代わっての] 要求主張を引き起こすのである。[ibid.: 320]

一読してパターナリズムの臭いがプンプンするので拒否反応を催す人もいるかもしれない。しかし、これは教育に携わるものにとって永遠の難問だろう(2)。


2. 2. 結果準拠的構想


ハウの議論の紹介を続ける。

バーバラスとシャーマン [Burbules and Scherman 1980] が整理した教育の機会均等にかんする3つの思惟様式(形式主義、現実主義、結果の平等主義)(3)の批判的検討を経て、黒崎は、「現実主義と『結果の平等』主義との関係」に問題を据えている [黒崎 1989: 140, 141]。ハウもまた、黒崎とは別様にではあるが、現実主義的コンセプションと結果準拠的 (outcomes-based) コンセプションとの関係を問う。彼の結論はこうである。

機会のたんに形式的な諸特性を乗り越え、個人的および社会的な諸特性を含み込むことにより、現実主義的コンセプションは、教育の諸結果の平等を教育の機会均等の規準として暗黙のうちに採用している。現実主義的コンセプションがより徹底した結果準拠的コンセプションまでは至らないのは、教育の諸結果の平等という規準を避けているからではなく、平等からの逸脱を正当化するものとしてより多くのインプットを是認しているというそのことのみによる。[Howe 1989: 323]

インプットを X として、X1. . . Xn をコントロールするのが結果準拠的コンセプションだとするなら、X1. . . Xn-m をコントロールするのが現実主義的コンセプションだというわけである [ibid.: 323]。ここにはある意味において程度の差しか見られないことから、現実主義的コンセプションは結果準拠的コンセプションへと「なし崩し的に移行する」[ibid.: 321]という表現も用いられている。この程度の差をもたらすものはといえば、それは、レレヴァントなインプットの認定にかかわる規範的なスタンスのちがいにほかならない。

両者のちがいは、その内部において教育の諸結果が平等化されるべき準拠集団を設定するにあたって、いかなるインプット(X)がそこに含められなければならないのかということにかんする規範的な問いのみにかかわっている。[ibid.: 324]

したがって、「残されている唯一の問題は、その内部において教育の諸結果が平等化されるべき集団を見定めるためにどんな変数が正当に用いられうるのか」[DOC: 324]ということになる。言うまでもなく、これは分配の正義の課題となる。
もちろん、規範的な考察が、経験的な考察から完全に独立であるわけではないし、その逆もしかり。なぜなら、言うまでもないことだが、「どんなインプット ── 個人的・社会的・教育的 ── がどんな教育的諸結果に至るのかということは、確実であるというよりも不確実性に満ちている場合のほうがはるかに多い」からである [ibid.: 324]。


2.3. ガットマン解釈


さて、ハウの分配構想は、ガットマン (Amy Gutmann) とストライク (Kenneth Strike) の所説に独特の解釈をほどこし、両者を合体させることによって得られている。

初めに、ハウによるガットマン解釈を見ていこう。テキストは Gutmann, Democratic Education (1987) である。

ハウによれば、ガットマンの議論の要点は次のとおり。すなわち、彼女の見解は、

すべての子どもは政治的プロセスに効果的に参加するために必要な『民主主義的境界 (democratic threshold) まで教育されるべきだ、というものである。境界とは一つの結果規準であり、いったんそれが達成されると、『民主主義的公認原理 (democratic authorization principle)』により、境界を越えた平等要求にたいしては、自由裁量が認められるという意味において限界づけられている。[Howe 1989: 329]

このコンセプションは、一連の4つのポイントに分節化されうる [ibid.: 330]。
  1. 民主主義的境界に至るまでの教育は能為化的善 (an enabling good) である。
  2. 民主主義的境界に至るまでの教育は命令的/委任的機会 (a mandatory opportunity) である (べきだ)。
  3. 境界に至るまでの教育は根拠づけられたニーズでなければならない。すなわち、できるかぎり多数の個人が境界を達成するように、必要に応じた分配がなされなければならない。
  4. 境界に至るまでの教育における例外。
    1. 民主主義的境界とは結びつかない教育目標や活動が存在する。美術、体育、職業教育などは、境界的結果であることを要しない。
    2. 民主主義的境界を形成する知識やスキルについて、その境界を越えて教育することは自由である (ただし、この教育が政治的プロセスにおいて彼らに有利さを結果としてもたらさないならば)。
次いで、ハウによるストライク解釈を見ていこう。テキストは Strike, "The Ethics of Resource Allocation in Education" (1988) である。
ストライクは「ガットマンの境界原理を承認しつつも、もっと多くを要求する」[ibid.: 331]。それは、ハウの見るところ,ストライクがロールズの理論に依拠しているところに起因する。そして、ガットマンとストライクの相違点は実に興味深い論点を提供してくれる。


3. ストライクの議論


3. 1. ストライク・モデル

ここからは一旦ハウから離れ、ストライクのオリジナル論文に即して、彼の見解とガットマン批判を確認しておく。まず、教育の機会均等についての彼の基本的な考え方を見ておこう。



このモデルには道徳的仮定と経験的仮定が含まれている [Strike 1988: 155]。

〈道徳的仮定〉
  1. 不平等な結果は、それらが公正な競争の結果として生じるかぎりにおいて、道徳的に受け入れられうる。
  2. 公正な競争が存在するのは、それらの結果が道徳的にレレヴァントな諸特性(MRC) にのみ影響されている場合にかぎられる。
  3. 道徳的にレレヴァントな特性とは、レレヴァントな諸結果の分布に影響を及ぼすことが許容されうる特性のことであり、道徳的にイレレヴァントな特性(MIC) とは、レレヴァントな諸結果の分布に影響を及ぼしてはならない特性のことである。
〈経験的仮定〉
  1. 社会的にレレヴァントな諸結果の主要な決定因は認知的成就である。
  2. 認知的成就は、大体において、学校教育の産物である。
  3. 学校は、生徒たちの成就の間に相対的な差異をもたらしうる。
そのうえで、ストライクは、「機会均等の成就の公正な尺度」を、「道徳的にイレレヴァントな諸特性によって定義される諸集団間におけるレレヴァントな社会的諸結果の同等分布 (parity in the distribution)」に求める [ibid.: 156]。ここで、ガットマンの境界原理が、あくまでも個人に焦点を当てていたことを思い出しておく。
レレヴァントな社会的諸結果をもたらすのは、道徳的にレレヴァントな諸特性とイレレヴァントな諸特性と機会である。ここで「機会」とは、「ある人の個人的な諸特性と相互作用をおこなう環境的諸要因の集合全体」のことである。こうして、次のような公式が導かれる [ibid.: 156]。

Outcomes = f(MIC, MRC, opportunity)

ストライクは二つの反論を予想している [ibid.: 157]。一つは、レレヴァントな特性とイレレヴァントな特性を相互独立とするのはおかしいというもの、もう一つは、機会の観念が拡張されすぎているというもの。

第一の反論についてはストライクはこれを受け入れる。そのうえで、両特性の連合関係の究明を課題として掲げる。しかし、この関係はきわめて複雑であるのでとかなんとか言いながら、結局のところ、次のように突き放す。

道徳的にレレヴァントな特性とイレレヴァントな特性との間にありうるかもしれないそうした関連性によって招来される複雑性を踏まえたうえで、もっともいいやり方は多分こうなるだろう。すなわち、同等性 (parity) からの逸脱を機会不均等の明らかな証拠として取り扱い、そして、そのような逸脱が道徳的にレレヴァントな特性とイレレヴァントな特性との連合関係から生じていると主張する者たちに、そのことを実証する挙証責任を負わせること、これである。[ibid.: 158]

ちょっと虫がよすぎはしないか?
第二の反論は次のように展開されうる。学校は、自らが引き起こしたのではない諸々の不平等を取り除くという道徳的義務などもたないのではないか、と(4)。


3. 2. ガットマン批判


以上のような機会均等コンセプションにたいする対抗コンセプションとしてストライクが意識しているのがガットマンのそれである。ガットマンは、彼女が「平等化 (equalization)」と呼ぶ見解を極端にすぎるとしてこれを批判している。

平等化によれば、子どもたちの教育的達成は、彼らの自然的諸特性もしくは環境的に決定される諸特性につれて、システマティックで有意味な具合に異なっていてはならないとされる。正しく分配されることによって、教育は、差異的な教育的達成のあらゆる環境的および自然的原因を克服すべく活用されるべきだ。なぜなら、諸々の社会的不平等のこれらの原因は人々のコントロールを越えており、それゆえ、『道徳的パースペクティヴからみれば恣意的』であるからだ、もしも、『自ら進んで努力しようとか、やってみようとかする性向でさえも……それ自体が幸福な家庭や社会的環境に左右されているとするならば』、その場合には、教育の機会均等は、努力を平等化したり、不均等な努力の結果を平等化したりすることを目指さなければならない。[Gutmann: 131]

完全に実現されるとき, 平等化は、教育的に能力の劣る[educationally less abled]子どもたちが, 相対的に能力の勝る子どもたちと同レベルの教育的達成に到達するか,あるいは自分が達成しうる最高レベルに到達するまで、あらゆる教育的資源が彼らに差し向けられるよう国家にたいして求める。有限な教育的資源と教育革新のための無限のキャパシティとを前提とするならば, 国家が相対的に能力の高い子どもたちに一切の教育的資源を提供しないような時は到来しないかもしれないけれど。[ibid.: 132-133]

引用文中の『』はもちろんロールズ (John Rawls) 『正義論』からの引用である。そして、ストライクの理論がロールズの正義論によってバックアップされているということもご存じのとおり。
ストライクは、自らの機会均等構想とガットマンの描く「平等化」とのあいだには「重大な相違点」が存在しており、「この相違点は、何が道徳的にレレヴァントな特性であり、何が道徳的にイレレヴァントな特性であるとみなされるべきなのか、ということにかかわっている」と言う [Strike op cit.: 160]。上の引用にあるように、ガットマンは、個人の「コントロールの及ばない」ものをイレレヴァントとみなしており、自然的および環境的要因がこれに相当する。ところが、学業に影響を及ぼす可能性をもつ要因を思い描いてみると、すべて何らかの自然的・環境的要因であるとういことに想到する。

そこでストライクのガットマン批判は次のようになる。

そうすると、ガットマンのコンセプションは結果的に,成就に影響を及ぼす全要因は道徳的にイレレヴァントであるということになる。したがって、成就におけるあらゆる差異は機会均等を侵害するということになる。何が道徳的にイレレヴァントとみなされるのかということについてのこうしたコンセプションを所与とするならば、機会均等の要求は、道徳的にイレレヴァントな諸特性によって特徴づけられる諸集団間における教育的同等性 (educational parity) ではなく、諸個人間の教育的同等性への要求へといたってしまう。……明らかに、そうした要求は実現不可能である。[ibid.: 160]

ここで浮き彫りにされているストライクの機会均等の背後に潜む想定とガットマンのそれ ── 正確にはガットマンが「平等化」を退けるときのそれ ── との相違点は、とりわけわが国の研究者にとっては興味深いものと映るだろう。集団ベースか個人ベースか?
ストライクの議論の続きに耳を傾けてみよう。

何が道徳にイレレヴァントなのかについてのこうした特徴づけを採用するということは、分配の正義を応報の正義と混同するということを意味している。それは、社会的便益は道徳的デザートに応じて分配されるべきだと仮定するものである(Rawls [TJ]: 310-315)。 なぜこのように仮定するのか? 他のオプションも使える。われわれは、道徳的にレレヴァントであるとみなされるべきものを定義する一つのファクターは、資源の有効利用を促進する傾向性である、と論じることもできるだろう。医学教育から利益を引き出す能力をもっているということを理由にして、そうした人々に医学校への入学を許可することは、おそらくリーズナブルであろう。われわれがその利益を引き出す能力にたいして資源を与えるのは、医者になるべく訓練を受ける人々がその訓練から利益を引き出すことができれば、われわれ皆がよりより生活できるからにほかならない。われわれは、志願者が道徳的に賞賛に値する特性をもっいているから彼らに報いているわけではないのである。同様に,医学教育を受けることにとって人種が道徳にイレレヴァントであるのは、それが出生の偶然事でありそれゆえ誰にも道徳的メリットをもたらすものではないからではなく、人種は医学教育から利益を引き出す能力とは何の関連ももたないからである。したがって、能力やアスピレーションや努力といった特性は、それらの所有がその所有者にいかなる道徳的デザートをももたらさないという事実にもかかわらず、教育的資源の分配にとって道徳的レレヴァントでありうるだろう。この見解を受け入れ、そして、そのような諸特性の適切なリストをつくることができれば、われわれは、機会均等が諸個人間の成就の同等性という要件をうみだすと結論する必要はない。[ibid.: ]

このように、ストライクは、自らの機会均等コンセプションには、ガットマンの「平等化」批判は無効であると主張する。ポイントは、ストライクの機会均等は集団間の同等性をめざすという点にある。
ところで、ガットマンは、彼女の批判する機会均等=「平等化」のオルタナティヴとして、先に紹介した「境界原理」を提案している。これをストライクはどのように評価するのか?

ストライクは、ガットマンの「民主主義的境界原理」についてはこれを受け入れ、「民主主義的公認原理」についてはこれを拒否する。

民主主義的公認原理を斥けるのは、それが機会均等の拒否を求めるからである。それは、資源分配が民主主義的意思決定の産物であるかぎりは、機会均等と相いれないような分配をも許容する。しかしながら、民主主義的境界原理については、これを受け入れる。さらに言えば、わたしは、それは機会均等に優先すると主張する。機会均等は、民主主義的境界原理が満たされてはじめて、作動を開始する。[ibid.: 161-162]

とういことは、つまり、ストライクにおいては、資源の分配原理は機会均等だけではないということだ。彼が民主主義境界原理を機会均等に優先させるのは、公教育の主要目的の一つは「民主主義社会のための市民を育成すること」にあり、彼の機会均等モデルはどちらかといえば経済的性格に力点が置かれているからである [ibid.: 162]。基本的スキルの公正な分配という公立学校の任務は、基本善または基本善を決定するものの分配という観点からも正当化されている [ibid.: 169]。


3. 3. 分配の正義


こうして、機会均等に民主主義境界原理が追加されるわけだが、これでもまだ正義とは言えない。さらに格差原理が追加されなければならない。ストライクは次のような図を使って説明する [ibid.: 171]。




4人から成る社会/円の大きさは分配される社会的財(所得)の総量/扇形は各人の所得/所得の不平等のインセンティヴ効果を仮定する。ただし、格差原理によれば、不平等が正義にかなうのは、それが皆を利する場合にかぎられる。キー・パーソンは4 (もっとも不利な境遇にある人) である。他の3人はA→B→Cと所得が増えるが、4の所得はBにおいて最大である。よって、Bがもっともベターとなる。[ibid.: 172]
この格差原理は機会均等よりも注文の多い原理である。それは、「教育的達成のレベルが〔低い〕ために、社会のもっとも不利な境遇に置かれかねない人々の教育的ニーズ」 [ibid.: 174] に注意を促す。すなわち、「公正としての正義は、資源配分の中心的規準として教育的ニーズに力点を置く」 [ibid.]。格差原理が動員されるのは、機会均等だけでは正義のためには十分でないからであり、機会均等が十分でないのは、「集団間の平等な分布は、集団内の分布が正義にかなっていることを保証しない」 [Howe 1989] からである。

こうしてストライクの分配の正義は、《機会均等+民主主義的境界原理+格差原理》によって十全な表現を獲得する。


4. 論争の第2ラウンド


4. 1. ハウの戦略


長い回り道だったが、ハウに戻ろう。

彼は、「ガットマンとストライクとを結合した結果準拠的な教育の機会均等コンセプション」を提唱する。このコンセプションは、教育の諸結果が次の二つの意味において平等化されるべきであることを要請する [Howe 1989: 333]。
  1. 民主主義的境界原理の範囲内にある諸結果にかんしては、諸個人の同等性が達成されなければならない。
  2. 境界を越えたところでは、他の社会的諸価値を享受する個人的チャンスに影響を及ぼすあらゆる教育的諸結果にかんして、諸個人から成る諸集団間の同等性が達成されなければならない。さらに集団内部の分布は『格差原理』を満たさなければならない。
なるほど折衷である。ただし、集団の同等性と境界を越えた部分に格差原理を導入している点において、このコンセプションはガットマンのそれと異なる。また、機会均等を個人にも適用している点においてストライクのそれと異なる。このコンセプションの中身の検討には立ち入らない。ここでの用語法にしたがえば、コンドルセもまた民主主義的境界原理を提唱し、それを越える部分についてはパレート原理を採用した、といえようか(5)。
ハウの論文の本来の目的は〈結果⊃選択〉説批判であった。決定的に重要な論点は、「個人的諸特性およびそれに由来する選択を、ストライクが『道徳的にレレヴァントな特性』と呼んでいるもの、すなわち不平等を正当化する諸特性のリストのなかに含めるべきかどうか」 [ibid.: 335]という点にある。ハウによれば、不平等な教育結果と平等な教育結果をつなごうとする「概念分析戦略」は不毛である、とされる。しかし、その論法はまたしても、背理法的な挙証責任の転換戦略ともいうべきものである。

彼ら (=[結果⊃選択]説論者たち]) もまた、教育の機会均等を是認し、それがいつ実現されるのかを見定めたいと欲していると仮定するならば、教育の諸結果は不可欠の経験的証拠を構成することになるだろう。というのは、不平等な教育的諸結果が不平等な機会とまったく何の関係もないとしないかぎり、異なる選択と異なる個人的諸特性が,得られた諸結果を説明しうるかどうかが探究されなければならなくだろうから。そうし探究は、各個人の経歴を微細にわたって追跡する必要があるだろうから、結論の出ないものになる運命にあるのはほぼ確実だ。また、それらがレレヴァントな差異 ── たとえば生まれつきの能力とか選択 ── が不平等な教育的結果を説明しうるということを確実に立証することができない場合には、不平等な教育的諸結果は不平等な教育機会を含意しているのである。[ibid.: 335]

二つ目の反論は、教育結果の平等化は何も他の諸々の社会的結果までをも平等化せよというものではなく、それは「標準的な〈結果⊃選択〉説およびそれと結びついた他の社会的結果にかんする形式的なコンセプションと完全に整合的」であるとするものである。

教育結果を平等化する (子どもにとって) ということのポイントは、まさしく、彼らが、自分の成熟した選択がそこに導くことになるであろう社会的諸結果を評価し追求することができるように適切な準備をととのえさせる、そのことを保障するという点にある。マイケル・ウォルツァーが述べているように、『目標は、諸々の差異を抑え込むことではなく、子どもたちがまず最初に市民になること ── そしてその少し後で労働者、経営者、商売人、専門家になること ── ができるように、これらの差異を後回しにすることなのである。[ibid.: 335-336]


4. 2. バーバラスの反論


ハウによる [結果⊃選択]説批判は、子どもには自律的な選択能力が十分に形成されていないという事実に依拠している。バーバラスはハウにたいする批判論文 (1990) において、自らの議論がこの事実を無視していたということを率直に認めつつも、にもかかわらず、「子どもたちが実際に保持している自律性の程度を誤った社会政策の名において蹂躪するものである」 [Burbules 1990: 221] と切り返す。これは一般的にはパターナリズムをどう処理するのかという問題であるが、バーバラスは「子どもの自律性の程度」にかかわる事実認定を切り口に、選択を学習するプロセスに着目しながら、ハウの「命令的/委任的」という観念を攻撃する。

すなわち、「自律的な選択をおこなうための子どもの能力は、われわれが通常、彼らがもっていると思っているよりも、はるかに広範囲にわたっている」/「人は実際に選択をおこなうこと ── まずい選択になるかもしれないが ── によって、そしてその結果を経験することによって選択の仕方を学ぶものだ」/「子ども自身のために」という理由で、「子ども自身の選好を飛び越すことを正当化するために『命令的・委任的機会』といった原理を立てることは、自律的選択能力のための能力がけっして十分には形成されないような状況をもたらす危険性がある」 [ibid.: 222]。バーバラスに言わせれば、義務就学は「結果準拠的な政策」などではなく、「アクセスの提供」にすぎない [ibid.: 222]。なぜなら、「『命令的学習』は意味をなさない」 [ibid.: 225]からである。

ハウにおいて、現実主義と結果準拠主義とのちがいは「平等からの逸脱を正当化する」インプットの数のちがいにすぎない。それは程度問題である。しかし、バーバラスにしてみれば、両者のあいだには決定的なちがいが存在する。

バーバラスは「結果準拠的 (outcomes-based)」と「結果感応的 (outcomes-sensitive)」とを峻別し、ハウがこの二つをゴッチャにしていると批判する。「結果準拠的」とは、「平等な結果は,ある機会が成立していたか否かということから構成されると主張する見解」にかかわっているのにたいして、「結果感応的」とは、「結果は、ある機会が成立していたかどうか (たとえば、補償努力が成功を収めたかどうか) ということの証拠を提供すると主張する見解」にかかわっている [ibid.: 223]。 現実主義は後者とは整合的であるけれども、前者とは相いれないというのがバーバラスの主張 ([結果⊃選択]説) である。たとえば、

大学奨学金機会にかんしてもっと多くの情報をマイノリティの高校生に与えるという政策を実施する場合、われわれがその情報提供において効果的であったかどうかを評価することは一つの作業である (パンフレットが生徒に届いているか? それらは読まれているか? 生徒たちは新しい選択肢を検討しているか?)。より多くのマイノリティの高校生がそれらの奨学金を利用して大学に行くかどうかを評価することはまた別の作業である。この政策は、第一の点においては効果的だが第二の点については効果的でないということがありうる。さらに、第二の点におけるこの政策の『失敗』は、それ自体としては、たとえそれらの生徒たちの大学にかんする選択が変化しなかったとしても、彼らの機会が増進されなかったということを意味しない。『インプットは効果的でなければならない』という基準が補償努力に適用可能であるのは、選択の地点までにかぎられているのである。[ibid.: 223]

要するに、現実主義は、「平等を促進するために非常に広範な ──実際に選択に抵触するに至るまで── 介入を正当化しうる」 [ibid.: 223] が、しかし選択の前で立ち止まる。なぜなら、「選択は、補償されるべき一連のインプットに加えられるたんなるもう一つのインプットではない」 [ibid.: 223]からだ。

したがって、読みようによっては、つまり「選択」の処遇をめぐる対立を除けば、バーバラスとハウとのあいだの距離はかなり縮まってくる。同じ風景をちがう角度から見ているにすぎないとも言える。

いかなる結果にたいしてであれ一切の責任を負わないような教育の機会均等観は、すでに不利な立場にある主体に不公正にも責任を帰するものだと主張するハウは正しい。そのような可能性を避けるために、彼は、現実主義を改訂し、挙証責任を転換しようとする。すなわち、平等な結果が生じないときには、当事者たちが自分たちのためにそこにあった機会を無駄にしていると非難する前に、補償努力が不適切であった可能性を検討してみるべきである。これは賢明な勧めであるとの印象をわたしはもつが、しかし、それは依然として現実主義の一種である ── それを『強い現実主義』と呼ぼう。結果平等主義的見地ではない。[ibid.: 223-224]

バーバラスがハウを現実主義者と呼ぶのは、ハウが「レレヴァントなインプット X1...Xn によって説明されうるものを除いて」云々と言い抜けすることによって、「教育の諸結果は平等化されなければならない」という至上命題を文字通りには追求しようとしていないからである [ibid.: 225]。
繰り返しになるが、バーバラスとハウの分岐は「選択」の処遇にある。因果関係があやふやだったら、「犠牲者を責める」前に「補償努力の有効性を問え」、という点については両者は合意している。ただ、子どものケースにかんして、ハウはもう一歩進んで、「責任はつねに補償の側にある」という極端な立場に移行する。これを正当化するために持ち出されているのが「命令的/委任的機会」という観念である。これにたいするバーバラスの批判は一言でいえば、この観念が「矛盾」しており、到底受け入れがたいということに尽きる [ibid.: 225-226]。

もちろん、自律的な選択は、パターナリスティックな意図とは必ずしも一致しないような、そして時にはそれと対立するような選択をおこなうことがあるが、そのような事態は、バーバラスにとっては許容範囲の内にある [ibid.: 226]。


4. 3. ハウの再反論


バーバラスの反論に対するハウの再反論を、「選択」の処遇と「命令的機会」観念に絞って見てみよう。

ハウの「命令的機会」の対象は、ガットマンの「民主主義的限界」である。そこには、「彼女が『自覚的な社会的再生産』と呼んでいることに参加するための要件としての洗練された選択 (informed choice) を下す能力」が含まれている [Howe 1990: 227]。つまり、ハウは子どもの選択をまるっきり禁止しようとはしていない。この選択能力の涵養プロセスにおいて不適当な特定の選択 (たとえば「ビデオゲームで遊ぶこと」!)を「踏みにじる」だけだ、バーバラスも、「極端に慎重に」という条件つきで「踏みにじる」ことを認めているではないか、とハウは言い返している [ibid.: 227]。

最後の部分については言い過ぎだ。バーバラスはオトナの意に沿わない子どもの選択を許容するのにたいして、ハウは禁止命令を発するだろうから。問題はむしろ、「命令的機会」の拘束力のはらむ自律性抑圧の危険性にたいするセイフガードをどのようにして確保するのかということになろう。

ハウも、「『民主主義的熟慮』のスキル」は「本来的に open-ended である」がゆえに、そこには「個人的差異のための一定の、しばしば大きなゆとりが存在する」ことを認めている [ibid.: 229-230]。しかし、他方では、「教育機会が命令的であるべきだという主張は、学校は生徒および親の選択 (それは、知識の欠如と独断のせいで、しばしば何もしないこと、選択しないことにすぎなくなってしまう) に自動的に従うべきではないということを意味する」 [ibid.: 230]。この二つの要請を満たすためには、「学校は現在とはかなり異なった姿」をとる必要がでてくるだろう、とハウは言う [ibid.: 230]。ただし、その具体像の呈示はない。

ハウは、「選択が、現実主義的コンセプションと結果準拠的なコンセプションとの間に種差を持ち込むという点については同意しない」 [ibid.: 228]。彼に言わせれば、「教育の結果を平等化するという名目のもとに選択を踏みにじることが学校にとってどういう場合に正当化されるのかという政治的問題の観点から」[EIE: 228]検討を加え、そして [結果⊃選択]説を批判しているのだ。なぜなら、[結果⊃選択]説は「選択は不平等な結果のための白紙委任的な正当化として有効である」とする立場だからである [ibid.: 228]。

ここでも「白紙委任的正当化」は言い過ぎだ。「不平等な結果は機会が不平等であるということを必ずしも意味しない、と主張しているにすぎない」 [Burbules 1990: 223] というバーバラスの主張は素直に受けとめてもかまわないだろうと思う。 (注意。わたしは別にバーバーラスに肩入れしているわけではない。バーバラスのほうにも、ハウの論旨を戯画化し誇張することによってこき下ろしている面がないわけではない。) [結果⊃選択]説に即してみれば、問題はむしろ、補償努力の対象となるべきインプットの歪みが、選択のかたちをとってあらわれるとき、それをどのようにして見分けるのかということになろう。この点については、バーバラスからのさらなる応答がないので何とも言えない。


5. 論争の発展のために


どうも二人の議論はきちんと噛み合ってはいないような印象を受ける。ハウは、[結果⊃選択]説に結びついているような種類の諸論点を「ひとえに概念のみにかかわる (wholly conceptual) 」ものと位置づけ、民主主義や分配の正義といった「規範的」「政治的」な問題から相対的に区別し、後者を優先させている [Howe 1990: 230]。ハウは、自らが定式化した機会均等構想をバーバラスの議論が素通りしているのが不満であるらしい。しかし、おそらく問われるべきは以下のことがらであっただろう。すなわち、選択という概念を分節的に明確に記述すること、さらには、二人が一致しているように、自発的な選択が「まさしく教育という概念の要素」 [ibid.: 230] であるとするならば、その要素の特殊教育的含意を明確に記述すること、そのうえで、それらを規範的枠組みのなかに位置づけること。

教育制度における機会均等の論理と選択の自由の論理との間には融きがたい緊張関係がある。教育制度論はいかなる課題を立てるべきなのだろうか。自由と平等の穏健隠微な融和共存のありかたを究明すべきなのだろうか。そうではなかろう。その者は「空想家でなければ山師である」。そうではなく、ムフ (Chantal Mouffe) が言うように、

同一性の論理と差異の論理とのあいだに存在する緊張関係は、われわれにとって悲嘆すべき事柄ではなく、むしろ恩恵とすべき事象なのだといえよう。われわれは、そうした認識に立って、この種の緊張関係を、消去すべき対象として捉えるのではなく、擁護すべき対象として見なさねばならない。[ムフ 1998: 267]

ひるがえって、わが国の理論状況に目をやれば、「機会均等を越える社会的平等・公正原理については六〇年代以来、教育政策・教育運動ともに充分な深化・発展を進めることができずにいた」 [乾 1997: 231] という診断に異論はない。ただ、機会均等を「越える」という言い回しに一種ナイーヴさを覚えずにはいられない。機会均等概念の検討はすでに十分に果たされたのだろうか。さらに、「"選択"のあり方について新自由主義的にではなく平等化の文脈で『共同政治的な合意』を構成してゆくためには、平等理念のいっそうの深化が必要である」 [同: 229] とも言われるが、先の緊張関係をここから読みとることは難しい。
そのような平等理念に到達することはできないし、到達しようと望むべきでもない、とあえて言いたい。実際には到達しえない無限遠点としてそうした理念を想定し、それに接近しようとことさえなすべきではないかもしれない。むしろ、到達不可能性、言いかえれば開放性をこそ前提に置くべきだろう。







(1) 機会均等論争に限れば、この書が扱っているのは1970年代までである。小論のタイトルにある「その後」とは時期的には80年代以降のことを指す。

(2) パターナリズム一般にかんして基本文献のアンソロジーである Sartorius (ed.) [1983]、子どもの権利の制約を支持する洗練された議論として O'Neill [1988]、 フェミニズムの立場から「子どものための平等な権利に反対する」という副題をもつ Purdy [1992] などがある。
また、学校選択においても、誰が選択するのかというテーマは、その大きさにもかかわらず、これまでのところその扱いは小さいような感じがしている。例外的なものとして、Walford [1994, esp. ch.6] がある。ちょっとだけ紹介する。

「ほんとはパパとママが選んだのよ。わたしは最初は来たいと思わなかったの。でも、来てみていろんなものを見たら、自分は来たいんだってわかったの。」
「うん、ほんとはそれを選んだわけじゃなかったんだ。ママとパパは『あの学校に行きたいんじゃないの?』って言ったけど、ぼくはその学校のことあんまりより知らなかっし。彼らが『この新しい学校』というもんだから、ぼくもそこに入ってみようとと言ったんだ。もしそこに入らなかったら、別の学校に行ったと思うけど。」
「お母さんがぼくをそこに行かせたがったんだ。ぼくが行きたくなかったとしても、『あなたはそこに行くことになるのよ』って。」
「両方よ。わたしが願書を見つけて、それをママに見せたの。そしたら、それを読んで、『いいわ、いい考えだわ』と言ってくれたわ。だからほんとに両方だったのよ。」
「ママがそこがいいだろうって言ったけど、行くか行かないかは自分で決めなさいって。」
「わたしが選んだのよ。ママにいったら、いいわと言ってくれたわ。押しつけなんて一切なし。わたしが行きたいって言ったの。わたしの考えよ。」

(3) バーバラスの整理による機会均等の三つの思惟様式を簡単に確認しておく。〈形式主義〉平等なアクセス条件を強調。〈現実主義〉アクセスの差異的条件と補償努力を強調。〈結果の平等: ハウの用語では結果準拠〉機会均等の成功の証拠としての平等な結果を強調。

(4) この論点にかんしては、ストライクの補償教育論を解説する黒崎[1989: 181-182] を参照されたい。

(5) 田原 [1995] を参照されたい。





文献[和書: 50音順/外書: ABC順]

乾彰夫 1997: 「九〇年代における学校教育改変と教育運動の課題」渡辺治・後藤道夫編『講座 現代日本 4 日本社会の対抗と抗争』大月書店,(乾と中西新太郎との共著論文だが、引用は乾の執筆部分から).

黒崎勲 1989: 『教育と不平等 ― 現代アメリカ教育制度研究 ─』新曜社.

田原宏人 1995: 「不平等を馴らす ── コンドルセの場合 ── 」『フランス教育学会紀要』第7号.

ムフ,シャンタル 1998 『政治的なるものの再興』(千葉眞ほか訳) 日本経済評論社.

Burbules, Nicholas C. 1990: “Equal Opportunity or Equal Education?", in Educational Theory, Vol.40, No.2.

Burbules, Nicholas C. and Ann L. Scherman 1980:“Equal Educational Opportunity: Ideal or Ideology?", in Philosophy of Education 1979, Normal,Ill.: Phiosophy of Education Society.

Burbules, Nicholas C., Brian T. Lord and Ann L. Scherman 1982: “Equity, Equal Opportunity, and Education", in Educational Evaluation and Policy Analysis, Vol.4, No.2.

Chubb, John E. and Moe, Terry M. 1990: Politics, Markets, and America's Education, Washington D.C.: The Brookings Institution.

Gutmann, Amy 1987: Democratic Education, Princeton, NJ: Princeton University Press.

Howe, Kenneth R. 1989: “In Defense of Outcome-based Conceptions of Equal Educational Opportunity", in Educational Theory, Vol.39, No.4.

Howe, Kenneth R. 1990: “Equal Opportunity Is Equal Education (within Limits)", in Educational Theory, Vol.40, No.2.

Howe, Kenneth R. 1990: “Equality of Educational Opportunity as Equality of Educational Outcomes", in Philosophy of Education 1989, Normal,Ill.: Phiosophy of Education Society.

Purdy, Laura M. 1992: In Their Best Interest? The Case against Equal Rights for Children, Ithaca and London: Cornell University Press.

Sartorius, Rolf (ed.) 1983: Paternalism, Minneapolice: University of Minnesota Press.

Strike, Kenneth 1988: “The Ethics of Resource Allocation in Education: Questions of Democracy and Justice", in David H. Monk and Julie Underwood (eds.), Microlevel School Finance: Issues and Implicatios for Policy. Annual Yearbook of the American Education Finance Association; 9th., Cambridge, Mass.: Ballinger.

Walford, Geoffrey 1994: Choice and Equity in Education, London and New York: Cassell.



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