<!--This file created 01.4.24 2:09 PM by Claris Home Page version 2.0J--><HTML><HEAD>   <TITLE>sugawara28j</TITLE>   <META NAME=GENERATOR CONTENT="Claris Home Page 2.0J">   <META HTTP-EQUIV="Content-Type" CONTENT="text/html;CHARSET=x-sjis">   <X-SAS-WINDOW TOP=42 BOTTOM=613 LEFT=4 RIGHT=534></HEAD><BODY BGCOLOR="#FFFFFF"><P><CENTER><FONT COLOR="#F63F1B">　</FONT><B><FONT SIZE="+2"COLOR="#F63F1B">ユーゴスラビアの悲劇</FONT></B></CENTER></P><P ALIGN=RIGHT>１年　菅原健太</P><P>　２０００年９月２４日、ユーゴスラビア連邦共和国で大統領選挙が行われた。その結果、スロボダン・ミロシェビッチがついに大統領の座を追われた。これは彼の執政が極端な民族主義で、いかに国際常識にかけ離れていたかの証明である。それをメディアは、バルカン半島を血に染めあげた権力者が政治から一線を引いたため、ユーゴスラビアに平和と民主主義の到来であると報道した。たしかにセルビア民族主義を高揚させ、他民族との対立を生んだミロシェビッチの行為は、国際連合を通して適切な議論がなされるべきである。だが、一連のユーゴスラビア紛争が、どのような国際環境の中で発生、激化したかに至る経緯を明確にし、紛争を長期化させた国際社会の責任をも追求する視点が不足しているのも否定できない。ここに至った要因を明確に考慮しなければ、イスラエル、パレスチナなどの中東で生じた政治プロパガンダ合戦が、今後ボスニアやコソボと同様の悲劇を招くことが充分に考えられる。故に、ここに至るユーゴスラビアの歴史的動向をふまえ、国際社会と民族主義について考えてみたい。</P><P>　そもそもユーゴスラビア内戦とは、８０年代に明確となったユーゴスラビア国内の経済危機と、冷戦構造の崩壊が根本的な原因である。セルビア、クロアチア、スロベニア、アルバニア、ムスリムの各民族の権力者たちは、経済危機という難題を民族主義の高揚に利用した。さらに、社会主義体制の弱体化により軍事的脅威にさらされる危険性がなくなったため、モザイク国家を形成する必要がなくなった。こうして１９９０年１月、チトーの創立した「友愛と団結」の国家、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国は自崩した。　</P><P>　この後、ユーゴスラビア情勢は１０年以上もの間混迷をきわめているわけだが、ボスニア内戦に至る国際的な動向に留意せねばならない。１９９１年、ドイツは自国の政治的、経済的動機からクロアチアの早期独立政策を強行した。ドイツは、ＥＣ加盟国に強力な圧力をかけてクロアチア独立達成に至るが、この政策がセルビア、クロアチアの戦局を進展、激化させた。さらに１９９２年、ＥＣとアメリカは、独立を承認すれば戦争が防げるという概念のもとにボスニア・ヘルツェゴビナの独立を強行した。</P><P>　このような事態がボスニアに戦火を飛び火させ、セルビア、クロアチア、ムスリム各民族が強制収容、大量虐殺、性的虐待を含めた民族浄化を引き起こした。この延長線上にミロシェビッチの執政がある。大国のイニシアチブが、時には悲惨な結果につながることもあるうるという実例であろう。故に国際連合のコンセンサスの下に、世界をリードしていくことが重要だ。</P><P>　私はユーゴスラビア紛争に対し、セルビア人擁護の立場にいるわけではない。この無惨な紛争を引き起こした直接の当事者、責任のある立場にあったのは、セルビア、クロアチア、スロベニア、アルバニア、ムスリムの各権力者達であり、彼らの権力的横暴、強欲、不寛容である。だが、紛争を長期化させたのは、欧米諸国の政治的、経済的動機であろう。もしもこの先、世界が大国のイデオロギーのみに洗脳されたならば、今後もセルビア人の民族感情を刺激し、紛争の再発を招く危険性を保持してると言えよう。</P><P>　１９９８年に激化したコソボ情勢は、セルビア人とアルバニア人の民族主義的なイデオロギーの対立であった。先に見たように、ここでもミロシェビッチは過激すぎる対応をとってしまい、その解決にNATOの軍事力に頼らざるえない状況になってしまった。</P><P>　故に、ミロシェビッチに変わって選出され、現在のユーゴスラビア大統領の地位に立ったコシュトニツァは、大国からの干渉、支配の受けない自立した国家を築く必要がある。彼もある意味で強硬な民族主義者であるが、現在までの轍を踏まずにユーゴスラビアの舵取りをやってもらいたい。そのためには民族主義の譲歩、妥協も必要であろう。今後、このような事態に陥らないためにも、コシュトニツァは平和を切望し彼を選んだユーゴスラビア国民の真意に答えるべきだ。国際社会も同様に細心の注意を払って、ユーゴスラビアの再建のために援助を続けなければならない。我々も同時代に住む者として、注目していきたものだ。</P><P><CENTER><FONT COLOR="#000000"><HR></FONT><FONTCOLOR="#000000"><A HREF="../28english/sugawara28e.html">English</A></FONT></CENTER></P><P><CENTER><FONTCOLOR="#000000"><A HREF="../28english/28topics">topics</A></FONT></CENTER></P><P><CENTER><FONTCOLOR="#000000"><A HREF="../index.html">index</A></FONT></CENTER></P><P>　</P></BODY></HTML>