<!--This file created 02.7.25 1:30 PM by Claris Home Page version 2.0J--><HTML><HEAD>   <TITLE>sugawara33j</TITLE>   <META NAME=GENERATOR CONTENT="Claris Home Page 2.0J">   <META HTTP-EQUIV="Content-Type" CONTENT="text/html;CHARSET=x-sjis">   <X-SAS-WINDOW TOP=66 BOTTOM=768 LEFT=8 RIGHT=538></HEAD><BODY BGCOLOR="#FFFFFF"><P><CENTER><B><FONT SIZE="+1"COLOR="#D6D600">民主主義の衰退と憲法論議の欠如</FONT></B></CENTER></P><P><CENTER><FONT SIZE="+1"COLOR="#D6D600">政府が提案をする有事法制の動向</FONT></CENTER></P><P ALIGN=RIGHT>３年　菅原　健太</P><P>日本政府がつくろうとしている有事法制には、日本国憲法第九条、戦争の放棄に反して、外国からの攻撃に対処するための武力攻撃事態法案が含まれている。憲法第九条は、戦争の放棄を定めているのだが、小泉政権は、有事に関する法律を国会に提出した。憲法第九条と自衛権の論争を解決するためには、憲法改正のための国民投票を通じて、賛成するか否かについて国民一人一人の意見を尋ねる手段がある。</P><P>憲法改正の手続きは、憲法第96条で「この憲法の改正は、各議員の総動員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国会に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする」と規定している。</P><P>小泉純一朗総理大臣は、「国民の生命と安全をいかに平時から考えていくか、大事な法案だ」と説明している。起こりうる戦争の事態に対し、あらかじめ制定されている法律を通し、政府が円滑な対応を進めることに、賛成する国民もいるであろう。だが、戦後、日米安全条約に基づいた有事法制の歴史を振り返ると、日本は軍隊を自衛のために用いる国家ではなく、積極的、あるいは攻撃的に用いる国家になってしまう可能性も否定できない。</P><P>戦後56年が経過して、戦争経験者は、年々少なくなってきている。第二次世界大戦中、国民は明治憲法に定められている非常大権の規定と無数の統制立法に縛られた。その当時日本政府はこのような権限で、国民の意思にかかわりなく、国民をコントロールしていたのである。</P><P>ここで考えればならないことは、有事法制に反対している政党や議員の意見を受け入れずに、有事法制に肯定的な政党や議員の意見だけで、たとえ国会が通ったとしても、言い換えると単純多数決の論理でこの法律を制定したならば、民意を十分に反映していることにはならないのである。小泉首相は、総裁選挙に於いてでさえも、国民に対して、今国会でこのことを審議することを表明していなかったのは、事実である。</P><P>国民の意思が受け入れられない政治は、民主主義政治ではない。いいかえれば、国民主権という考え方が失われたということだ。国会では有事法案という法律の性質上、憲法改正の審議、国民投票なども含めて、細かにこの法案に関する論議が進められている。しかし、我々がよく考えなければならないことは、この憲法改正にかかわる大問題の中心に国民が不在だということである。その現状を国民は、しっかりと認識しなければならない。</P><P>私は、憲法改正はするべきではないと考えている。日本国憲法第九条はあまりにも理想すぎる側面を持っていて、国防には対処できないのだが、他の国々に誇りを持って示すことができる平和憲法だ。理想を謳った憲法と、起こりうる有事のための法律の間で矛盾は生じているのであろうが、第九条は平和主義の精神をつねに日本人に与えてくれる。重要なことは、政府がもっと民意を反映させることができる法律をつくり、国民が有事法制の議論や憲法改正の問題に興味を持たなければならないことだ。</P><P><CENTER><HR><A HREF="../33english/33topics.html">Topics</A><BR><A HREF="../index.html">Index</A></CENTER></P><P>　</P><P>　</P><P>　</P></BODY></HTML>