<!--This file created 04.3.27 3:35 PM by Claris Home Page version 2.0J--><HTML><HEAD>   <TITLE>akino38j</TITLE>   <META NAME=GENERATOR CONTENT="Claris Home Page 2.0J">   <META HTTP-EQUIV="Content-Type" CONTENT="text/html;CHARSET=x-sjis">   <X-SAS-WINDOW TOP=43 BOTTOM=758 LEFT=4 RIGHT=534></HEAD><BODY BGCOLOR="#FFFFFF"><P><CENTER><B><FONTSIZE="+2">ウィリアム・ジョーンズ先生インタビュー</FONT></B></CENTER></P><P><CENTER><FONTSIZE="+2">〜大学への熱い思い、教員生活を振り返って〜</FONT></CENTER></P><P>　</P><P ALIGN=RIGHT><FONT SIZE="+1">３年　秋野　波留夫</FONT></P><P>　ウィリアム・ジョーンズ先生は、名誉教授となった北海道大学で１６年間、北海学園で5年間教えた後、2000年4月から2004年3月まで札幌大学で教鞭を執った。4月からは定年のため、もう学部では教えることはできないが、札大の大学院で教えることになっている。受け持った授業の内容は、新聞のコラムを学生に英訳させて、それを添削しながら、英語を書くことについて様々な考え方を導くアドバンスト・ライティング、イギリスの詩や小説の重要な箇所を精読し、またテキストの行間を読む事をどのようにしていくのかを教えられた英米文学研究Ｃ、「ピーターラビッド」や「くまのプーさん」などの子供向けの文学を全員で音読して英語のリズム、強弱、そして本の内容も解釈していった英米文学特講、　言語運用を大事にしながらイギリスの文学について研究するゼミナール、　文化・歴史・政治・スポーツやそれぞれの地域の持つ影響力についてなどを通してイギリスについて学ぶアングロアメリカンスタディ、など多彩であった。私はそれらのうち３つ授業を受講したが、先生はどの授業でも常に情熱を注いでいた。私たちは先生にインタビューして、先生の人生、特に日本にきてからの教員生活についてたくさんの事を語っていただいた。</P><P>　ジョーンズ先生はイングランドとウェールズの国境近くのヘレフォードで生まれた。ケンブリッジ大学でシェイクスピアに興味を持ち、英文学を専攻した。1956年に大学を卒業してから約20年間、イギリスの中でも優秀な私立の学校の１つであるシュルーズベリー学校で働いた。シュルーズベリーは、男子校で生徒は13歳から入学し、大学へ進学するために18歳で卒業していく。</P><P>　その後、1978年に先生はエジンバラ大学大学院に進学し、応用言語学を専攻した。在学中に3人の日本人留学生と、おそらくは運命的に出会った。先生は新聞で当時北大が英語の教師を探していたことを知った。先生の日本人の友人は、「ジョーンズ先生には北海道がまさにぴったりだ」と強く勧めてくれた。その事を聞いて先生は日本で働きたいと思った。当時(1979年)先生は北海道についてほとんど何も知らなかったし、訪れたことも一度もなかったが、ロンドンに面接に行き、北大の教員に選ばれた。</P><P>　来日の前に、先生はこの重要な決定を、母親と話し合った。その時母親は「日本に行きたいと言ったでしょう？だったら行きなさい」と先生の意思を後押してくれた。先生の母親は、1989年に９１歳で亡くなったのだが、亡くなる一年前に「あなたが次にイギリスに戻ってくる時には、私は止まり木から落ちているでしょう。でも、悲しんだり申し訳ないと思わないで欲しい。私は長く生きたし、素晴らしい人生だった。それじゃ、寝るとするよ。おやすみ」と言った。これが、母親から先生へのお別れのメッセージであった。</P><P>　1979年に先生は来道してから、日本の人たちがとても親切で友好的だと感じ、嬉しく思い、日常生活ではつらい事はなかった。来道してから約２週間経ったある日、先生は外人宿舎から研究室に行くために北大の農場を横切ろうとしていた。そこで、小学校の低学年の生徒たちが二人ペアで手をつないで一列になって歩いていたのを見た。ある男の子が、先生を見て、列を離れ、先生の手をつないで一緒に歩きだした。まだ先生はその男の子にとって外国人であり見知らぬ人であったのにも関わらず、その男の子がその素晴らしい事をしてくれたことに先生は心を動かされ、思わず涙を流した。少年は何も言わなかった。先生も何も言わなかった。先生はその子供の暖かさを感じ今でも先生の中では貴重な経験となっている。</P><P>　北海道に関して、先生は魅力的な雰囲気があり、「ここはアットホームに感じる。イギリスにいた頃に、旅はあまりしなかったのだが、札幌を歩くことは好きなので、隅から隅まで歩いてまわった。特に、真駒内公園や月寒公園は最近のお気に入りの散歩スポットである。また函館にも親しみを感じていて、函館についての本を書いたこともある。また、私は北海道のたくさんの地域の熟練工にインタビューをしてそれを文章にしたこともある（帯広JoyInternational 社のNorthernLightsに記載）私は、イギリスにはもう何も残されていないから戻りたいとは思わない。人生を終える時は函館の外人墓地で静かに眠りたい」と語った。</P><P>　ジョーンズ先生が日本の大学で今まで教えてきて難しいと感じたことは、学生が授業の内と外で変わることである。言い換えると、授業では個性を無くしてしまうが授業が終ると人間味を取り戻す。日本に来てすぐに最初に授業をした時に、「学生はなぜ自分を嫌うのか？」と思ったのだ。しかし、同僚は「彼らは先生を好きなんですよ」と先生に言った。その時から授業中の学生の仮面の中を見て、顔を読むことを覚えたが、最初のうちはとても大変だった。また、「学生だけではないのだが、日本人は“与える”ということをあまり好まない傾向があると知ってがっかりした。母親と一緒にいる小さな子供を見ることはとても好きなのだが、学校に入るとすぐに子供たちが自発性と解放性をなくしてしまうというのは悲しいことだ。文部省は、わかっているのだろうが、日本の社会に適応させるには“和”“同一性”を重んじるように教育しなければならない。日本語で受身の表現が多いということも関係あるのではないか。自分から何かを与えると何かを失うと考える人も多くいる。だが、自分を与える、自分を省みない、そして創造的になることは生活する上で非常に大事なことなのだ。ジュリエットが言うように、与えれば与えるほどさらに与えなければならないのだ」</P><P>　「イギリスでは自分を表現するということは小さい頃から、時にはやりすぎるくらいに教育される。イギリスのシュルーズベリーで学生を教えていた時は1年生（13歳）でさえも生徒がとても積極的に考え、意見を出してくれたので教えることがとてもエキサイティングだった。日本でも、授業でもっと意見の交換をしたかったが、それが達成できなかったことは心残りである。なぜなら、学生が質問や意見をぶつけ、それによっていつでも自分が刺激されて新しいことを思いつくことがあるからだ」</P><P>　「学生へのアドバイスとしては、“ボーイズ　アンド　ガールズ、ビー　アンビシャス”なのだが、金や権力などのためではなく、いつでも自分の与えられたことに対してアンビシャスということであり。つまり、与えられたもの全てに対して１５０％の努力をしなければならない。一日一日が自分にとって与えられた最後の日であるように意識することも大事だ」</P><P>　「今後は、札大の大学院であと３年間教員生活を送るが、本を書くことも続けていって、常に積極的でいることが私の願いである。私は、教師としての自分、つまり教室で“授業の中で俳優のように演じること”の喜びを持ち、仕事も学生も愛していくということをいつも忘れないでいたい。」と締めくくられた。</P><P>　このインタビューのどこをとってもジョーンズ先生の人柄をよく伝えるものであり、感心するばかりである。ただ、次のことは我々に寄せる彼の最後の教訓であると考えたい。それは、日本の小学生から優しくされ、その子供の純粋な心に感心すると共に、その心が成長と共に社会のなかに埋没してしまい、自分を前面に出せない平均的日本人になってしまうことである。</P><P>　大学の教室でもそのとおりであることを嘆いている。授業中に先生が学生と質問、意見のやりとりを積極的にしようと思っても、学生は礼儀正しく静かにしているだけである。先生が説明することをただ頭につめこみ、単位を取って卒業すればそれでよしとする学生が、非常に多いことを残念に思っているのである。</P><P>　だからこそ、先生は日本の子供達が幼い時に持っている純粋で素直な気持ちをなくすことなく成長し続けていって欲しい、自分から積極的に学ぶ姿勢をもって欲しい、教授と意見を戦わせるような学生になって欲しいと訴えているのだ。諸君ジョーンズ先生の願いをどう思うか。「ジョーンズ先生、わかりました」と心から言いたいものである。</P><P>　ジョーンズ先生と会う時にはいつでも、親切で愛情のこもった笑顔で迎えてくれるので私は先生に会いに行くことが幸せなことだと感じている。これから残された大学院での教員生活が、喜びと幸せで溢れるものになるように、体に気をつけて元気でいられるように心からお祈りします。</P><P><CENTER><HR><A HREF="../38english/topics38.html">Topics</A><BR><A HREF="../index.html">Index</A><BR></CENTER></P><P>　　</P></BODY></HTML>