<!--This file created 04.3.27 3:33 PM by Claris Home Page version 2.0J--><HTML><HEAD>   <TITLE>suehiro38j</TITLE>   <META NAME=GENERATOR CONTENT="Claris Home Page 2.0J">   <META HTTP-EQUIV="Content-Type" CONTENT="text/html;CHARSET=x-sjis">   <X-SAS-WINDOW TOP=43 BOTTOM=758 LEFT=4 RIGHT=534></HEAD><BODY BGCOLOR="#FFFFFF"><P><CENTER><B><FONT SIZE="+2">映画『半落ち』</FONT></B></CENTER></P><P>　</P><P ALIGN=RIGHT><FONT SIZE="+1">2年　末広　恵</FONT></P><P>　　昨年の横山秀夫の大ヒット推理小説『半落ち』が昨年画化され、大きな反響を呼んでいる。主人公は妻に懇願され彼女を殺害するという重罪を犯し、その事件が警察官、検察官、弁護士、新聞記者、裁判所判事、そして彼らの家族ら実にさまざまな視点から捉えられている。この物語は、登場人物が事件に対してふるまい、この事件をどう考えるかによって展開される。彼らの事件に対する熟考はやがて人生の意義へとつながっていく。</P><P>　元警察官の梶聡一郎の妻はアルツハイマー病に冒され、13歳で白血病のためなくなった息子のことさえ忘れかけていた。聡一郎は「母親のまま死にたい」と泣きじゃくり懇願する妻を殺害してしまう。二人はかつて息子が発病した時一緒に骨髄バンクに登録し、聡一郎の骨髄と適合したある少年が命を救われたことがあった。妻は死ぬ前、いずれ自分が死んでしまった後、唯一その少年が彼を励まし孤独に耐えるのを助けてくれるだろうと、聡一郎に黙って何度も東京に足を運び、その少年を探していた。この少年に夫の骨髄の一部がある限り、彼は聡一郎と全くの他人ではないからだ。妻を殺害し自分も後を追って自殺しようとした聡一郎は、妻の日記とその少年が寄稿した新聞記事を発見し、自らも東京へ向かう。そこで彼は、すっかり大人になって元気に働く少年を目の当たりにする。そしてもう一人命を救いたいと自殺を思い直し、ドナー登録の期限が切れる51歳になるまでのあと一年間だけ生きようと決める。しかし犯罪者となってしまった自分が骨髄提供者であることを知られてはならないと、東京へ行った二日間のことは黙秘し続けるのであった。</P><P>　映画の登場人物は聡一郎の行動にそれぞれ様々は態度を示す。警察の信用を守るため事実を曲げようと上層部が必死に動く中、個人的に捜査を続ける警察官，志木。地検と裏取引をして隠ぺい工作をする警察に対峙する検事、佐瀬。この事件を機に名をあげようと意気込む弁護士、植村。スクープを手に入れるため躍起になってきた新聞記者、中尾。アルツハイマーに冒された父親を持ち聡一郎に同情する裁判所判事、藤林。この映画は聡一郎を中心に語られているが、彼だけが主役ではない。他の人物達も映画の中で重要な役割を果たしてる。</P><P>　彼らは社会の中で理不尽と直面するにつれて時おり妥協し、かつての情熱を失いそうになる。そんな彼らの心が、事件を追うにつれてしだいに和らいでいく。それは彼らが聡一郎の強い意志と純粋さに惹かれたからである。映画を見た人もまた、聡一郎の強い意志と純粋さに惹かれるであろう。この映画の中でおそらく一番セリフが少ないのは、主役の聡一郎である。しかし私たちはそれを自然だと感じ始める。それによって私たちは愛する妻を失った大きな喪失感とその裏にある彼の自分の正しさへの動かぬ確信を感じずにはいられない。</P><P>　誰のために生きるのか。映画の中で何度か繰り返された問いである。私は映画を見終わってその問いの答えを見つけることこそ生きる目的であると感じた。ある者は自分の為だけに行き、他の者は他人のために生きる。しかし他人のために生きるということは結局じぶんのために生きるということである。総一郎も残りの人生を人のために過ごすことに生き甲斐を見つけた。この映画は自分の今、ひいては生きる目的を見つめなおす良いきっかけとなるであろう。</P><P><CENTER><HR><A HREF="../38english/topics38.html">Topics</A><BR><A HREF="../index.html">Index</A><BR></CENTER></P><P>　　</P></BODY></HTML>