<!--This file created 05.4.2 11:14 AM by Claris Home Page version 2.0J--><HTML><HEAD>   <TITLE>konno41j</TITLE>   <META NAME=GENERATOR CONTENT="Claris Home Page 2.0J">   <META HTTP-EQUIV="Content-Type" CONTENT="text/html;CHARSET=x-sjis">   <X-SAS-WINDOW TOP=43 BOTTOM=758 LEFT=4 RIGHT=534></HEAD><BODY BGCOLOR="#FFFFFF"><P><CENTER><B><FONT SIZE="+2">平和憲法を考える</FONT></B></CENTER></P><P ALIGN=RIGHT><FONT SIZE="+1">4年　金野　宏昭</FONT></P><P>　</P><P>　現在、衆参の国会議員で憲法九条改正を支持している数は七割を上回っている。その原因は政治家達が、国際協調、日米同盟などの時代のニーズに合ったもっともらしい言葉に下手に敏感であるからだ。自衛隊イラク派遣の一年延長が閣議決定されたのもその原因の表れである。勿論、国際社会の一員として日本が取るべき行動というのは時代の流れによって逐一変化し、現在がその変化期なのかもしれない。だが、その変化に翻弄される前に考慮すべき大切なことがある。それは、平和主義という戦後日本が貫き通しているものである。憲法改正論議のニュースは聞かれても、平和主義存続論争などのような議論を我々は耳にした事がない。政治家達が小手先の局面を前にして、憲法を改正しようとしているのがわかる。</P><P>　平和主義は敗戦、広島、長崎の惨事などを経験した日本人の民意を反映させた尊い産物である。だが現在では日本人の殆どが戦争を知らない世代であり、その重要性を十分実感しきれていないのが現状だろう。それ故に憲法改正論議が浮上するのも理解は出来る。ただ残念でならないのは、平和憲法と称されている日本国憲法が軽視されるようになった点である。それは日本人が生活の中にある平和に気がついてないからである。平和憲法は日本人及び世界に戦争の危険性を悟らせ、原爆の被害を発信し続け、人間の負の行動に真っ向から立ち向かっている。これほど戦争に対して明瞭な姿勢を保っている憲法は他にない。だが、日本人が平和憲法を意識しなくなった原因は、平和とは何なのかという事を先代から正しく伝え聞いていない事にある。戦後、日本に経済的な豊さが蔓延し始めると同時に、日本人は平和に目を向ける事を忘れてしまったのではないのだろうか。現在では、その影響が教科書にまで見られるようになってしまった。</P><P>　日本社会を覗いてみても、豊かさが招く罠というものが実感できる。例を挙げてみると、電話詐欺、ニセ札偽造、カードのスキミングなどという腐敗が見られる。これらは全て人の信用を傷つける。その背景には人と人との繋がりが以前より薄くなってしまった現実がある。教育や仕事にも言える事だが、社会における人との繋がりとは、他者との信用を育む唯一の手段である。効率化のためにあらゆる分野で専門化が進められ、狭義的な視点を持たされてしまう事が多くなってきているのではないだろうか。今や日本社会が求めるべきものは利益よりも人間力ではないか。</P><P>　ならば政治家と憲法の関係はどうか。彼等は憲法を国益のために、つまり日米同盟のために操作しようとしているように感じられる。こうなると、国連に日本の常任理事国入りを訴えているのも疑問の余地がある。右翼の影響力がこのような行動へと駆り立てているのかも知れない。そのような行動に走る前に、日本政府は平和主義というものを再認識する必要があるのではないか。勿論、我々国民も平和憲法に護られている国に暮らしているのだから、その意味を良く考えなければならない。戦争のない今の日本は平和なのだろうか。日本国民がその大切さを認識し、それを後世に伝えていかなければ、本当の平和な国ではない。</P><P><CENTER>　<HR><A HREF="../41english/topics41">Topics</A><BR><A HREF="../index.html">Index</A></CENTER></P></BODY></HTML>