<!--This file created 06.4.7 3:19 PM by Claris Home Page version 2.0J--><HTML><HEAD>   <TITLE>isaka44j</TITLE>   <META NAME=GENERATOR CONTENT="Claris Home Page 2.0J">   <META HTTP-EQUIV="Content-Type" CONTENT="text/html;CHARSET=x-sjis">   <X-SAS-WINDOW TOP=43 BOTTOM=758 LEFT=4 RIGHT=534></HEAD><BODY BGCOLOR="#FFFFFF"><P><CENTER><B><FONT SIZE="+2">海外便りNo.8:</FONT></B></CENTER></P><P><CENTER><B><FONTSIZE="+2">日本語教師リポート：南国から極寒の国へ</FONT></B></CENTER></P><P ALIGN=RIGHT><FONT SIZE="+1">井坂　由紀子　英語学科卒業生</FONT></P><P>　</P><P>　朝、大学の教室の鍵を管理人から受け取り、教室へと向かう。廊下で待っていた学生たちが私に気付いてにっこり笑顔であいさつをする。彼らの笑顔は本当に嬉しい。特に寒い日にはすぐに−20度以下にもなる。歩いて大学へ行ったときにはなおさらだ。</P><P>　現在、私が働いているのは、ロシア、ウラジオストクの極東国立総合大学である。去年の９月から国際関係学部の第二外国語として日本語を教えている。おととしは、モルディブという南の国で、日本語を教えていた。モルディブから一転ロシアへ、まさにその気温差は50度ほどもある。</P><P>　なぜ、これほど差のあるところへ移ったのかというと、おととし2004年の暮れの津波に端を発する。当時、私が住んでいたリゾート島にも津波はやってきた。死者は出なかったものの、リゾートの施設の多くは全壊に近く、再建には１年以上かかることが予想された。リゾートの従業員に日本語を教えつつ、フロントでゲストリレーションの仕事をしていた私は、もはやそこで働くことができなくなってしまった。リゾート側は、リゾートが再開するまでの期間、シンガポールや上海、東京にある系列ホテルへの移動を勧めてくれたが、それらはどれもゲストリレーションとしてのトレーニングであったので、日本語教師を続けたかった私はそれらを断り、日本へ帰ることにした。でも、次に何をするのかの当てもなく帰国するのは不安だったので、帰国一ヶ月前はこっそりインターネットで職探しをしながら仕事をしていた。そこで見つけたのが、現在の仕事である。</P><P>　それは、日露青年友好センターという団体からの派遣事業で、日本語教師をロシア全土の大学へ派遣するというものである。書類選考と、筆記、面接試験の後、幸運にもここへ来られることになった。このまま何事もなければ、２年間いることになるだろう。</P><P>　私はロシア語が全くできないが、万事うまくいくように思えた。モルディブにいたときは、言葉の問題はなかった。というのは必要な言葉は英語だけで良かったからだ。今回もロシアへ行けばなんとかなると思って来てみたが、間違っていた。ここの人たちは予想していた以上に、英語を話せなかった。今もロシア語で買い物くらいはできるが、困ったことがあれば、日本語のできるロシア人や学生にお願いするし、大学関係者には英語で話す、という生活を送っている。でも、いつまでたってもそれではロシア人に失礼だと思うので、今ロシア語を勉強中である。</P><P>　これが私の一日のスケジュールである。７時起床で９時前に家を出る。木曜日は、９時半から90分の授業を3つ連続で持っている。ほとんど休憩もないので、少々きついが、この３つが終われば大学の仕事は終わりなのだ。２時に授業が全て終わり、家へ帰って遅めの昼食をとる。この後は次の日のクラスの準備をして、6時から個人レッスンを受け持っているので、その準備もする。6時に個人レッスンの学生が来て、７時半までレッスンをする、といったところだ。これで仕事は終了である。しかし、ここに来てから忙しすぎることはないし、これまでのところここの仕事は好きだ。</P><P>　ロシアの大学の制度は日本とは違っていて、学位を取るのには５年かかる。私の大学では日本語の授業は第２外国語として展開され、１年から４年までで日本語教育が終わってしまう。あえて言うなら、学生は日本語が主専攻ではないため、彼らの日本語のレベルが非常に高いとは言い難い。彼らはまだ初心者のレベルで、すべての授業は終了する。しかし、ほとんどの学生の日本語習得に懸ける意気込みは高いし、私は彼らを教えていることに誇りを感じている。日本語教育を通して、いろいろな方法で日本を紹介していきたいと思っている。</P><P>　自分のしたいことを実現させるためには、自分で動き出さなければならない。しかし、最初の一歩を踏み出すのはいつでもとても怖い。今回、ロシアに来る前も、本当にこれでいいのだろうかと悩んだ。でも一歩踏み出してしまえば、なるようになる、というのが私の考えだ。そして、今は、ここに来たことを良かったと思っている。よく問題を作ってくれるが、かわいい学生たち、明るく気さくな同僚のロシア人たち、そして困ったときにいつでも相談できる友人にも恵まれている。こうして与えられた素晴らしい機会を有難く思い、ロシアから多くのことを吸収しつつ、自分にできることを精一杯していくつもりである。</P><P>　一年前の今頃モルディブで働いていたときには、ロシアへ行くだろうなどとは考えもしなかった。人生、何が起こるか本当に分からない。だから人生は実に面白いのだと思う。</P><P><CENTER>　　<HR><A HREF="../44english/topics44">Topics<BR></A><A HREF="../index.html">Index</A></CENTER></P><P>　</P></BODY></HTML>