<!--This file created 06.8.1 4:39 PM by Claris Home Page version 2.0J--><HTML><HEAD>   <TITLE>f.sato45j</TITLE>   <META NAME=GENERATOR CONTENT="Claris Home Page 2.0J">   <META HTTP-EQUIV="Content-Type" CONTENT="text/html;CHARSET=x-sjis">   <X-SAS-WINDOW TOP=43 BOTTOM=758 LEFT=4 RIGHT=534></HEAD><BODY BGCOLOR="#FFFFFF"><P><CENTER><B><FONT SIZE="+2">旧日本兵上野さん故郷へ帰る</FONT></B></CENTER></P><P ALIGN=RIGHT><FONT SIZE="+1">2年　佐藤　史崇</FONT></P><P>　</P><P>　4月１9日、一人の旧日本兵上野石之助さん83才が63年ぶりに一時帰国した。彼は昭和18年、20歳のとき日本陸軍に召集され、第二次世界大戦で樺太に出征し、戦後もそこにいたが1958年を最後に連絡が途絶え、2000年に戦時死亡宣告が確定していた。</P><P>　しかし、昨年12月にウクライナ人の妻と1男2女の子供と妻の出身地ウクライナのジトミル市で暮らしているのが確認され、今回、家族との再会の夢が叶った。</P><P>　彼は60年間、ウクライナで生活していたため日本語をほとんど忘れてしまっており、久々の帰国については「運命だった」と語っていて、また、63年ぶりに見る日本については「美しい、素敵な国になった。本当に、本当にうれしい」と喜びをあらわにした。家族と対面した際には互いに抱き合い感無量といった様子だった。</P><P>　厚生労働省調査資料室によると、戦前、戦中に旧ソ連に渡った後、行方不明になり、戦時死亡宣告をうけている人は2千人以上いるが、生存が確認されたのはここ五年間なく、珍しいことであった。</P><P>　上野さんがこのような事件に巻き込まれた原因は、昭和20年2月、ヤルタ会談においてソ連が対日、対独戦に加わる代償として満州の権益、千島列島の領土権確保が密約されたからである。</P><P>　このことをシベリア抑留といい、終戦時満州、朝鮮、樺太にいた軍人、軍属を含め約65万人が捕虜として抑留され、そこでの過酷な労働が原因で約6万人の死亡者を出したという。</P><P>　だが、そんな中でも1947年頃から抑留者の内、約47万3千人の帰国事業が行なわれた。しかし、様々な事情により帰国せず、ソ連にあえて残留した人やソ連当局に忘れ去られ、後になってから帰国がやっと実現した人もいた。</P><P>　抑留中の彼らの生活というのはとても悲惨なものであった。労働で一番厳しいものといえば、貨車の停止している時間内にする石炭おろしであった。短時間でさせられる作業だったため常に「早くやれ、早くやれ」とせかされて、汗を拭く暇もなかったらしい。</P><P>また、冬の作業は全てシベリアの氷点下30−40度という極寒の気候の中で行なわれるため、凍傷で手足をなくした人もたくさんいるといわれている。</P><P>　更にひどいことに、ソ連は「働かざるもの食うべからず」というスローガンがあり、常にノルマが労働者にはかせられていて労働成績によって配給される食事の量がそれぞれで違ったといわれている。</P><P>　「しかし、こんな過酷な状況の中でも日本への脱走を試みた労働者はたくさんいたにもかかわらず、ほとんどは失敗に終わり警備兵に撃ち殺されるという無残な結果に終わっていたが、中にはソ連兵の目を盗み収容所から脱走し汽車の床の裏側に隠れ込み日本へ帰国したという成功例もいくつかあった。」『シベリア逃亡記』より</P><P>　今、日本では過去に戦争があったという歴史的事実を忘れてはいないが、それがどれほど悲惨で残酷なものだったかについてはよく知らない世代が多くなってきている。また、戦争経験者がこの世から去っていくにつれて戦争というものが風化している。</P><P>　上野さんは生き抜いた抑留者の一人である。幸運にも、今回の上野さんの帰国がシベリア抑留という一つの歴史を我々の心の中に蘇らせてくれた。これをきっかけにもう一度戦争がどういうものだったのかを見直し、そして、上野さんが最後の「日本兵」である事を願ってやまない。</P><P>　しかし、この記事を書き終えた後に中川義照さん79歳が7月2日にロシアから帰国した。彼は日本での永住を望んでおり、日本政府が彼の希望を一早く叶えてもらえるように願っている。</P><P><CENTER>　　<HR><A HREF="../45english/topics45">Topics<BR></A><A HREF="../index.html">Index</A></CENTER></P><P>　</P><P>　</P></BODY></HTML>