<!--This file created 06.8.1 4:41 PM by Claris Home Page version 2.0J--><HTML><HEAD>   <TITLE>nakata45j</TITLE>   <META NAME=GENERATOR CONTENT="Claris Home Page 2.0J">   <META HTTP-EQUIV="Content-Type" CONTENT="text/html;CHARSET=x-sjis">   <X-SAS-WINDOW TOP=43 BOTTOM=758 LEFT=4 RIGHT=534></HEAD><BODY BGCOLOR="#FFFFFF"><P><CENTER><B><FONTSIZE="+2">１２年経ってなお影響力を持ち続けるニルヴァーナ</FONT></B></CENTER></P><P ALIGN=RIGHT><FONT SIZE="+1">2年　中田　和樹</FONT></P><P>　</P><P>　「ラストデイズ」という映画が今年の3月18日に公開された。これは90年代、世界中の音楽シーンを席巻しながらも、人気絶頂の94年に猟銃で自殺してしまったニルヴァーナのギター兼、ヴォーカルのカート・コバーンに捧げる映画という宣伝文句と共に上映された。この映画はとても変わった映画で、コバーンのことを知っている人が見るという前提で作られているのだ。従って、ニルヴァーナやコバーンのことを知らない人が見てもスクリーン上で何がおこっているのかつかめないまま終わってしまうだろう。この映画の主人公はコバーンにそっくりなブレイクだ。この映画の内容のほとんどが彼の背中を最後に彼が死ぬまでの間ただ延々と追いかけるだけなのである。そのためストーリー性は皆無であるが、ファンの人にとってはそのストーリー性のなさがかえってリアルであり、考えることも多いであろう。この映画はファン自身が自分の解釈で見る映画でもあるのだ。</P><P>　この映画の公開日と同じ日に日本人アーティストだけをあつめたトリビュート・アルバムが発売された。注目すべき点はやはり生前のコバーンもファンであり、ツアーを一緒にしたことがある少年ナイフがこのアルバムに参加していることだろう。面白いのは通常のトリビュート・アルバムとは違ってニルヴァーナのカバー曲は１つも収録されておらず、全編各アーティストのオリジナル曲ということだ。だが、このアルバムだけでもニルヴァーナが日本にも相当の影響を与えたということがわかるだろう。</P><P>　また、彼らの代表作である「ネヴァ−・マインド」が昨年4月5日にアメリカ議会図書館の重要保存録音物に選ばれたと発表された。同図書館の保管庫に入る作品は、米レコーディング物保存委員会により、「文化的、歴史的、もしくは芸術的に重要である」と認定された作品で、リリースから10年以上経っていることが条件となっている。</P><P>　コバーンの死とともにニルヴァーナは消滅した。しかし、彼の死後10年以上経ってなお、ニルヴァーナがこのようにまた世界中で注目を浴び、さらにファンから愛され続ける理由はなんだろう？</P><P>　ニルヴァーナを一躍スターダムへと押し上げたアルバム「ネヴァ−・マインド」、その理由はなんだろう。このアルバムがこれ程の人気を得たのには理由がある。80年から90年代初頭にかけていわゆるパーティー・ロックと呼ばれるまるでバブルの騒ぎの様な音楽が主流となっていた。それはニルヴァーナと比較するとポップな曲調の非常に明るい音楽で、さらに曲以上に歌手のビジュアルや派手なステージ等を重視した非常に商業的な側面が強調されていた音楽と言える。</P><P>　その中で、アメリカでは表面的な活況と裏腹に格差が徐々に広がり、勝ち組と負け組ができていった。さらに、レーガン大統領のスターウォーズ計画や湾岸戦争のような軍備拡張などにより不況が表面化することになる。その結果、いわゆるパーティー・ロックと呼ばれる音楽の持つ嘘くささ、現実感の無さは徐々にファンである若者たちの心理と乖離して行った。未来はすでに失われていて、悩み・不安・孤独・絶望にさいなまれている当時の若者たちをメディアはジェネレーションXと呼んだが、そんな彼らは自分たちの抱えている憂鬱、苛立ち、絶望、怒りと同質のものをこのアルバム中に見いだしたと言える。人生は楽しいことはなくつらいことばかりだ、ということが書かれた陰鬱で行き場のない怒りのこもった詩によって、ニルヴァーナは瞬く間にジェネレーションXたちの心を掴んだのである。彼らの曲は説明したとおり、聴いて明るくなる様な曲はほとんど無いといえる。むしろ聴いて暗くなることもしばしばあるだろう。</P><P>　「スメルス・ライク・ティーン・スピリット」は彼らの代表曲である。簡単なギターリフながら、その迫力に圧倒されてしまうイントロから始まるこの曲は動と静／緩急のコントラストが鮮やかな名曲である。特に印象的なのは「ハロー、ハロー、ハロー、どれだけ最悪だ?」と、何か不安を感じているような声が3回静かにリフレインされるところだ。ハローとHowlow(最低)は掛詞になっているが、アメリカの当時の状況について嘆いていたのかもしれない。そして、その後突然迫力あるギターリフと共にその不安を吐き出すかのようにコバーンの叫び声が響き渡る。歌詞の内容を細かに分析しようとしてもはっきりとは分からない。しかしながら、何かわからないものに不安を感じ、それをどうやって吐き出していいのかがわからない当時の若者の鬱屈した心そのものを表している曲だと思う。そして、それに共感する若者がアメリカのみならず世界中にいたのだ。この曲を筆頭にこのアルバムは当時のミュージック・シーンが避けてきた重さ、暗さ、リアルさという負の要素を表舞台に引きずりだした。コバーンはいわば負け組のヒーローだったのだ。歌いたいことをそのまま歌にする、よれたシャツやぼろぼろに破れたジーパンを着てステージに立ち演奏する、つまり自分たちのやりたいことをただやっていったということで若者のヒーローになった。この態度は体制への反抗ということも言えるし、若者にしてみれば素のままの自分をそのままでいいのだというように肯定してくれたということも言えるだろう。</P><P>　時代は変わってもその当時とイラク戦争の現代は同じである。そして当時のアメリカと長引く不況が続く現在の日本は非常によく似ている。その不況の中で日本でも負け組、勝ち組が出来つつあるからだ。彼らの音楽は時代を超えてなお、私たちの心に深い共感を与え続けている。彼らの衰えない人気の理由はそこにあるのだ。</P><P><CENTER><HR><A HREF="../45english/topics45">Topics<BR></A><A HREF="../index.html">Index</A></CENTER></P><P><CENTER>　</CENTER></P><P>　</P></BODY></HTML>