「ライシャワー夫人」 (1998年9月)

ボストン郊外のバスターミナルで私を出迎えたハルさんは、小型日本車の運転席から
笑顔で手を振ってくださった。「ライシャワー元駐日米国大使夫人」という響きから想像
していた近寄り難いイメージはなく、暖かいお人柄に触れて私の緊張も和らいでいった。
その訪問の目的は、国際教育交流プログラム、「インターンシップ」のスクールインターン
参加認定書に、名誉会長の署名をしていただく事と、プログラムの現況報告だった。
大学時代、世界の人々との相互理解の重要性を痛感したハルさんは、その為に生涯を
捧げようと決心したという。それ以来約五十年を経て、国際理解の必要性は世界の平和を
左右する重要な問題にまで発展したと感じておられた。そのような時期に、「真の
国際相互理解は教育とコミュニケーションによってこそ達成される。外国の言葉や文化や
生活について学ぶのみならず、その国の人々とコミュニケートしなければならない」という
信念のもとに、名誉会長をお引き受けくださったのである。
庭の小鳥の囀りが聞こえる居心地の良い居間で、何百もの署名をする手を度々止めて
ハルさんは、プログラム・コーディネータ・カウンセラーとしての私の話を聞いてくださった。
自らの体験に照らし合わせた感想や助言もあった。署名が済んで国際理解教育の話に
なると大使も加わって、三人でのお喋りになった。
その後何度か御自宅を訪問したりランチをご一緒する機会があったが、この日のことは
忘れられない。帰り際に三人で撮った写真を取り出し、お二人の著書の扉ページを開いて
署名やメッセージを読むと、ハルさんが大使と共に神の御許御許で安らかである姿が
見える気がする。