「言語狩りのあとで」 (1999年4月)

 オーストラリアの地方都市を結ぶ小型機の中で、十歳ぐらいの少女が母親に、
「あの副操縦士は、女の子だからパイロットになれないの?」と尋ねた。
母親は、「そんなことを言うと政治的に正しくないと言われてしまうわ」と、
笑いながらたしなめた。機内は、たちまち「PC(ポリティカリー・コレクト
=政治的に妥当な)語」の話題でにぎやかになった。
 「女だからというのはもちろんん禁句だし、アメリカではガールという言葉が
女性の品位を傷つけるから、プリ・ウーマンと言うべきだと言う人もいるらしい(笑)」
「老人は歳月に祝福された人か歳月という困難に立ち向かう人、やる気のない人の
ことは、異なった動機を持つ人(笑)」「デブは異なったサイズの人、ブスは美容的に
異なる人って呼ぶらしいね(笑)」
 社会的に弱い立場にある有色人種・障害者・女性・同性愛者などに対する
差別是正を目的として、アメリカで始まったPC運動は、極端な言葉の置き換え論争に
発展した。政治的妥当性を徹底しようとするあまり、差別を示唆すると考えられた
言葉を、だれも非難できないような婉曲(えんきょく)表現に置き換えていったのである。
 言語狩り・言語弾圧とも呼ばれたこの運動は、逆に、アメリカ社会特有の複雑で
偏狭な差別構造を強調するという意見も多かった。ばかげていると言われながらも、
社会的には一定の成果をあげたPC論争は、現在一段落し、あの機内でのように、
ジョークのネタとして話題にのぼることも多いようである。