<!--This file created 05.1.27 6:34 PM by Claris Home Page version 2.0J--><HTML><HEAD>   <TITLE>hukazawa40j</TITLE>   <META NAME=GENERATOR CONTENT="Claris Home Page 2.0J">   <META HTTP-EQUIV="Content-Type" CONTENT="text/html;CHARSET=x-sjis">   <X-SAS-WINDOW TOP=43 BOTTOM=758 LEFT=4 RIGHT=534></HEAD><BODY BGCOLOR="#FFFFFF"><P><CENTER><B><FONTSIZE="+2">長崎県佐世保市の小学生殺害事件について</FONT></B></CENTER></P><P ALIGN=RIGHT><FONT SIZE="+1">３年　深沢　歩</FONT></P><P>　</P><P>「学校でパソコン使っているよ」札幌市内の小学校に通う生徒は言う。それもそのはずである。総務省が平成15年現在での世代別のインターネットの利用率を調べた。6歳から12歳までの11以上増えた。これは年々増加しており、小学校でも授業の「調べもの」にインターネットを活用している。小規模校では外部との交流に大きな役割を果たしている。しかしインターネットは多くの可能性を持ち多方面に利用できるという問題がある。</P><P>6月1日、長崎県佐世保市でインターネット上の書きこみが原因で小学6年生の児童が同級生を殺害した。長崎家裁佐世保支部は女児を児童自立支援施設に収容し、行動の自由を制限する強制的措置を2年間取ることができる施設に送られた。刑事責任が問えない14歳未満の触法行為としては、最も厳しい処遇となった。</P><P>女児は幼少時期から泣くことが少なく、おんぶやだっこなどをせがむこともなかった。1人でおもちゃで遊んだり、テレビを見てすごすことが多く、欲求に対する表現が乏しく他人との関わりにも消極的だったという。特に怒りに対する表現には偏りがあり怒りを回避するか、相手を攻撃するかの両極端な対処しかできなかった。この女児のように表現力やコミュニケーション能力の発達が遅い子供がインターネットを使用することで自分の意思を表現する対象が家族や友人と交わす「言葉」からパソコンの中の「文字」へと変わる可能性があるという。パソコンの使用は社会で生きていくために大切な手段の発達を妨げるということである。</P><P>一方、家庭裁判所の決定内容を見ると、この児童の家庭では父親が病気という複雑な背景もある。他者との関わりが苦手だったことから友達いなかったことへの深い孤立、こころの抑圧、そして複雑な家庭状況。自分を表現できる唯一の場所が交換ノートとインターネットだった。共働きが増えてきている現代の家庭では今回の一連の事件を「異常」と言えるほど現実離れしているといえるだろうか。多少なりともこのような傾向を持つ児童は多いのではないか。</P><P>今後、私たちはこの文明の利器に対してパソコンで何ができるかということを考えることは当然であるが、それよりも先にパソコンを使用することによって成長過程の子供にどのような影響があるのかを考えるべきであろう。</P><P>この児童は2年の処遇を終えるとまた社会に戻ってくる。社会がこのことについて何もせず、時間の経過とともにこの事件が人の記憶から薄れていくのならば、2年後に戻ってきたこの子供を何も変わらない社会で私達は受け入れることになる。新しい「この子」を作り出さないためにも、インターネット教育をもう一度考えなければならない。このことは現在の日本の教育、そして社会を再構築することになるだろう。</P><P><CENTER>　<HR><A HREF="../40english/topics40">Topics</A><BR><A HREF="../index.html">Index</A></CENTER></P></BODY></HTML>