<!--This file created 98.12.16 15:29 by Claris Home Page version 2.0J--><HTML><HEAD>   <TITLE>haru-j-22</TITLE>   <META NAME=GENERATOR CONTENT="Claris Home Page 2.0J">   <META HTTP-EQUIV="Content-Type" CONTENT="text/html;CHARSET=x-sjis">   <X-SAS-WINDOW TOP=83 BOTTOM=768 LEFT=462 RIGHT=992></HEAD><BODY BGCOLOR="#FFFFFF"><P><CENTER><FONT SIZE="+2" COLOR="#AF0000">ロシアの歌姫オリガ</FONT></CENTER></P><P ALIGN=RIGHT>2年　野寄晴義</P><P>ポーリュシュカ・ポーレ</P><P>草原よ、草原</P><P>広い草原よ</P><P>馳て行く英雄が</P><P>遠い昔の英雄が</P><P>　</P><P>風が運んでゆく</P><P>そう、緑の草原を</P><P>彼らの勇ましい歌</P><P>なつかしい歌</P><P>　</P><P>風が残すのは</P><P>戦の誉れと</P><P>ほこりまみれの路</P><P>遠くへ続く路</P><P>　</P><P>草原よ、草原</P><P>多くの悲しみを見たことも</P><P>血にまみれたこともあっただろう</P><P>　</P><P>　ヤーコブレワ・オリガというロシア人歌手がいる。今年の7月から9月にかけて、日本で放映されたＴＶドラマ「青の時代」をご存じだろうか。キンキキッズの堂本剛が主演していた青春ドラマだ。このドラマのオープニングテーマを歌っていたのが、ロシアの女性シンガーソングライター、オリガである。使われたのは、「ポーリュシカ・ポーレ」というソビエト時代に歌われた音楽だ。この曲の歌詞を今回のドラマに会わせて、オリガが書き直した。歌詞の内容は、戦争で傷ついた若者を歌うものだ。人気ドラマの主題歌ということで、オリガの歌が一躍日本中に知れ渡った。聞けば誰もが耳にしたことがある曲だろう。</P><P>　ロシアの音楽で、私たちが思い浮かぶものというと、コルサコフ、チャイコフスキー、ラフマニノフのようなクラシック音楽が主であり、オリガのようなロシアのポップミュージックが日本で受け入れられるのは、これが初めてではないだろうか。</P><P>　オリガは1991年19歳の時、札幌に3ヶ月間ホームステイしていた経験がある。その時、ホストとして彼女を受け入れたのが、札幌大学ロシア語学科の金子利喜男教授である。当時のオリガについて、金子教授はこう言っている。「実に陽気で、ほがらかな女性だった。札幌の様々な風景に興味を抱いたようで、雪かきをしているのを見ておもしろいと言っていた。」</P><P>　今回インターネットを通して、オリガにインタビューをすることができた。日本での成功についてや、札幌での思い出を語ってくれた。</P><P>　</P><P>　bドラマ「青の時代」でオリガさんの歌声を耳にする機会が増えたのですが、オリガさんが歌を通して伝えたいことは何ですか？</P><P>　bテレビのシリーズドラマのために歌わないか、との提案を受けた時、運命的なものを感じました。なんといっても私の歌が一度に何百万人の耳に届くチャンスなのですから。多くの人がロシア民謡だとしている「ポーリュシカ・ポーレ」は子供の頃から好きだったので、この歌が選ばれたことを喜びました。ドラマの内容に合うように新たに歌詞をつけ、自分の曲のように歌いました。</P><P>　この仕事が、私の4枚目のアルバムのレコーディングと発売の時期に重なったことはラッキーでした。「ポーリュシカ・ポーレ」はニューアルバムに、ボーナストラックとして入りました。この曲のおかげで、たくさんのリスナーに私の自作の曲も聴いてもらうことができたことに感謝しています。これからも今まで通り自分の曲作りに全力を尽くしたいと思います。</P><P>　b“クリスタルヴォイス、透き通る歌声”とよく形容されるオリガさんの歌声ですが、このことについてどう思われますか？</P><P>　bリスナーが私の歌に、さらにメロディーと歌詞以上のものを聴いてくれるのは嬉しいことです。正直言ってそれが主題なのですから。おそらく私自身、自然が大好きなのでその気持ちが音楽と一緒になって現れてくるのかもしれません。だから私の声が、時として森だとか川のせせらぎの響きを思い起こさせるのではないでしょうか。</P><P>　b日本のミュージシャンで好きな人はいますか？また、日本の音楽とロシアの音楽の違いはありますか？</P><P>　b日本とロシアの最近の音楽には違いというより類似点を捜してしまいます。20世紀にはすべての流行は西側から始まると言われますが、日本とロシアのポップスには民族的な特徴が必ず感じられます。ロシアは誰かの影響を受けるにはあまりにも大きく、才能のある国であり、日本は大きな国ではないけれど愛国主義的なのです。</P><P>　ロシアではすでに忘れさられていたフォークロアがまた復活してきていますが、日本ではフォークロアはいつも人気を持ち続けています。歌舞伎や能のような伝統的な演劇の客席が今でも満員になるというのは外国人にとっては驚きです。</P><P>　b札幌、札幌大学についての思い出はありますか？</P><P>　b札幌には私の第二の両親とも言える金子教授夫妻が住んでいます。金子教授夫妻が私を日本に招待してくれたおかげで、人生の中で一番張りつめた、有意義な3ヶ月を過ごすことができました。</P><P>　私が生まれ育ったノボシビルスクは札幌によく似ています。姉妹都市になったのもうなづけます。私が札幌で過ごした年は雪が多く、シベリアの冬に舞い戻ったのでは、と錯覚してしまいました。ただし真冬ではなくて雪解け頃のシベリアですが。</P><P>　札幌に着いた初日からすぐ、私が「日本物語」と名付ける時期が始まりました。ミニコンサート、新聞の取材、ミュージシャンとの出会い、インディースのミニアルバムのレコーディング等々です。その頃、金子教授夫人の明子さんが私のマネージャー兼通訳でした。</P><P>　当時のソ連から、生まれて初めて外国に来たのですから、全てが新鮮でした。日本のことや日本語も勉強し始め、金子先生と札幌大学に喜んで出かけ、学生と話したり、学生が当時発行していた年鑑に日本の印象を書いたりしました。</P><P>　そして今、札幌を第二の故郷と呼んで、懐かしく思い出しています。なんといってもＯＲＩＧＡが生まれたのは札幌なのですから。</P><P>　</P><P>　以前、札幌のＣＤ店で、オリガの曲が流れているのを聞いたことがある。これから、彼女の歌声を耳にする機会が増えてくるだろう。オリガの音楽は、日本や欧米のポップミュージックとはひと味違った新鮮さがありながら、私たちにもすんなり受け入れられるだろう。</P><P>　最後に、インタビューにご協力してくださったオリガさんをはじめ、マネージャーの石井さん他、多くの方々に感謝します。ありがとうございました。</P><P><CENTER><HR><B><FONT SIZE="+1">Russian</FONT></B></CENTER></P><P><CENTER><B><FONTSIZE="+1"><A HREF="../22english/22topics.html">Topics</A></FONT></B></CENTER></P><P><CENTER><B><FONTSIZE="+1"><A HREF="../index.html">Index</A></FONT></B></CENTER></P><P>　</P></BODY></HTML>