<!--This file created 99.8.6 15:32 by Claris Home Page version 2.0J--><HTML><HEAD>   <TITLE>ken-j-23</TITLE>   <META NAME=GENERATOR CONTENT="Claris Home Page 2.0J">   <META HTTP-EQUIV="Content-Type" CONTENT="text/html;CHARSET=x-sjis">   <X-SAS-WINDOW TOP=42 BOTTOM=757 LEFT=4 RIGHT=534></HEAD><BODY BGCOLOR="#FFFFFF"><P><CENTER><B><FONT SIZE="+2"COLOR="#AF0000">ゴールドラッシュ</FONT></B></CENTER></P><P ALIGN=RIGHT>2年　那須川健</P><P>　横浜の伊勢佐木町、自宅の地下室で14歳の『少年』が父親を殺した。この事件を中心に、小説『ゴールドラッシュ』は犯罪というものが、いかにして起こるのかを分析してくれる。「何故殺すのか」その答えは往々にして簡単に説明のつくものが多い。しかし、この小説の筆者である柳美里はそのようなありふれた観点とは異なった角度からの解答を提示してくれたのである。</P><P>　この小説は最近起きた神戸の殺人事件をきっかけとして書かれたものである。そして、この小説中の架空の『少年』や実際の神戸の少年が犯罪を犯すとき、その直接の原因となるものは異常なものではない、と柳は伝える。小説中のキーフレーズである、彼等の『心の闇』こそが、殺人の動機だったのである。しかし神戸の犯罪を知ったとき、それは柳自身も持つ闇であるということに気づいた、と、彼女は別のエッセイで述べている。彼女だけでなく、人間は皆『心の闇』を持ち、その中には犯罪の理由と成りうる様な、非人道的な欲望や感情が存在しているが、それはむしろ正常なことなのである。しかし、大抵の人達のそれらの意識が、直接の犯罪行為に結びつくことはない。</P><P>　では、犯罪者と一般の違いは何処にあるのだろうか。『少年』が犯罪に至る過程において、その主要因となったのは彼の『心の闇』ではなく、彼の環境である、と柳は小説中に示唆する。彼の家庭は崩壊していた。権力者で傲慢な父親は家族を省みず、姉は援助交際に明け暮れ、母親は新興宗教にかぶれ、家を去り、兄は知的障害者。彼には幼少年の時期に、重要な事柄について「禁止」してくれる存在がいなかった。もう一つは彼の生活圏、黄金町である。この町には彼の父親の経営するパチンコ屋があるのだが、同時に性と麻薬が蔓延する掃溜めのような町でもあった。彼には道徳観や社会性という情動を制御する機能を養う機会が与えられなかったのだ。</P><P>　この小説と照らし合わせて現実社会を考えるとすれば、父親の威厳の低下、子育てに対する自信喪失、子供の教育の放棄といった現象が、犯罪にすら関わる危険性を含んでいるのだという彼女の警告に気づく。柳は言う『バブルという時代がゴールドラッシュだった。全ての人が金と土地とブランド品を価値の中心に置いて、そこに殺到していた。その結果、私達は何かを失ったし、殺したんじゃないだろうか。』そのような当時の悪習は、それを経験した大人達を介し、現代で子どもたちに反映されているのかもしれない。彼女はこうも言う。『今という時代ほど、それまで当たり前とされてきたことが当たり前でなくなってしまった時代はないと思う。』彼女はエッセイの最後で、今後もこのテーマを問い続けて行くつもりだ、と語った。</P><P>　</P><P>　引用文献　メディアファクトリー　1999　『ダ・ヴィンチ』58号</P><P><CENTER><HR><A HREF="../23english/ken-e-23.html">English</A></CENTER></P><P><CENTER><A HREF="../23english/23topics.html">Topics</A></CENTER></P><P><CENTER><A HREF="../index.html">Index</A></CENTER></P><P><CENTER>　</CENTER></P></BODY></HTML>