<!--This file created 99.8.8 14:22 by Claris Home Page version 2.0J--><HTML><HEAD>   <TITLE>chou-j-24</TITLE>   <META NAME=GENERATOR CONTENT="Claris Home Page 2.0J">   <META HTTP-EQUIV="Content-Type" CONTENT="text/html;CHARSET=x-sjis">   <X-SAS-WINDOW TOP=42 BOTTOM=757 LEFT=4 RIGHT=534></HEAD><BODY BGCOLOR="#E6E6E6"><P><CENTER><B><FONT SIZE="+2"COLOR="#AF0000">ありふれた自然の驚異</FONT></B></CENTER></P><P ALIGN=RIGHT>2年　長正路　幸</P><P>　「生きる者と死する者。有機物と無機物。その境とは一体どこにあるのだろう。目の前のスープをすすれば、極北の森に生きたムースの身体は、ゆっくりと僕の中にしみこんでゆく。その時、僕はムースになる。そして、ムースは人になる。」</P><P>　　1996年8月、アラスカの自然と動物をこよなく愛した写真家・星野道夫氏がロシアのカムチャッカ半島でクマに襲われ亡くなった。</P><P>　　星野氏は1952年、千葉県に生まれた。少年時代から、星野氏は北の自然への漠然とした憧れを抱いていた。全く異なった環境で生きる全てのものに同じ時間が流れていることの不思議。『自分が生きているこの瞬間に北海道のどこかでクマも生きている。』そんなことをいつも考えていたという。</P><P>　　アラスカに対する憧れが明確になるきっかけとなったのは、1枚のエスキモーの小さな村の写真であった。そして翌年には星野氏はアラスカへ飛び立ち、まさにその写真の村のエスキモーの人々と3ヶ月間生活を共にした。星野氏が、19歳の時のことだった。以後、彼はアラスカで出会う人々や動物、自然、そしてそれらの密接な関係に魅了されてゆく。</P><P>　　星野氏は18年間アラスカにこだわり、写真を撮り続けた。カリブーやムース、ホッキョクグマなどの極北に生きる野生動物や、多様なアラスカの大自然。しかし、本当に彼をアラスカに導いたのは、人間だったのではないだろうか。私たちは大抵、店で既に食べやすい大きさに切られた肉を買って食べる。しかし、彼らは自分たちでしとめた獲物を大切に解体してゆき、余すところなく感謝を込めて食すのである。本能的に、動物は生きるために植物や他の動物を食べ、そして人間も生きるために狩猟を行い、他の生命を身体の中に取り入れてゆく。星野氏の出会った人々は、まさに生態系の一部となっていた。</P><P>　　アラスカに生涯をかけた星野氏の作品は、米紙『ナショナル・ジオグラフィック』にも掲載され、国内だけでなく海外においても高い評価を受けている。そして亡くなった今もなお、アラスカに関する著書や写真集が数多く出版されている。星野氏のアラスカに対する想いは、とても一冊の本では語り尽くせないのである。</P><P>　　彼がクマに襲われて亡くなったという事実は誰もが悲劇と感じるだろう。しかし、彼の死は自然の中のごくありふれた小さな出来事の一つだったのかもしれない。</P><P><CENTER><HR><A HREF="../24english/24topics.html">Topics</A></CENTER></P><P><CENTER><A HREF="../index.html">Index</A></CENTER></P><P><CENTER>　</CENTER></P></BODY></HTML>