<!--This file created 00.7.8 5:36 PM by Claris Home Page version 2.0J--><HTML><HEAD>   <TITLE>Imagawa26j2</TITLE>   <META NAME=GENERATOR CONTENT="Claris Home Page 2.0J">   <META HTTP-EQUIV="Content-Type" CONTENT="text/html;CHARSET=x-sjis">   <X-SAS-WINDOW TOP=42 BOTTOM=613 LEFT=4 RIGHT=534></HEAD><BODY BGCOLOR="#FFFFFF"><P><CENTER>　<B><FONT SIZE="+2"COLOR="#AF0000">いつかモスクワで</FONT></B></CENTER></P><P ALIGN=RIGHT>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　1年　今川路恵</P><P>　札幌大学からの招待を受けて、二年間就任していたスヴォルキナ・エレーナ先生が、モスクワに戻られることになりました。そこで二年間の札幌での生活について聞いてみました。</P><P>　１　あなたが札幌大学に着任したのはいつですか？</P><P>　わたしはもうすでに二年前になる1998年４月９日に札幌に来ました。しかし、私にとっては全く最近のことのように思えます。二年間の札幌大学における私の仕事は驚くほど速く過ぎ去りました。</P><P>　２　あなたが札幌大学で一番印象に残っていることは何ですか？</P><P>　大学は貴重で親しげな人々に出会い、私を親切に出迎えてくれました。私を待っていたのは素晴らしい家と大学の研究室でした。研究室のドアの前にはすでに自分のネームプレートがありました。それから、初日に研究室に直接、親切な事務員さんが私に新しい掛け布団を持ってきてくれました。私はとても感動して、自分自身を仲の良い大学家族の一員と感じるようになりました。とても面白かったのは、個人所有する印ー判子をもらったことです。これはロシアの習慣にはとても変わっていることでした。私は自分が自分の名前の判子を持っていることをとても自慢できます。</P><P>　よく覚えていることは、食堂＜つぼ八＞で、講座に関しての同僚の仲間での最初の宴会でした。それは私にとっては今の同僚たちだけでなく、他の人達と知り合うことにもなりました。そして、驚いたことは、日本料理の多種多様で凝った味でした。ずっと以前に私は箸を使ったことがありませんでした。ロシアや他のヨーロッパの国々ではまったくないことでした。高松先生がつば八でしてくれた授業で、私は日本初日から箸で食べることを習得しました。親愛なる高松先生、役に立つ、そして忘れられない授業をありがとうございました。</P><P>　３　あなたが描写できる札幌大学の最も印象に残っていることは何ですか？</P><P>　とてもたくさんの思いでの中からいくらかを選び出すことは簡単ではありません。しかし、せめて若干の事柄についてでもあげてみようと思います。第一にとてもはっきりした印象を受けたのは、札幌大学の建物です。素晴らしく、そしていつもきれいな建物で、大学の周りの領地には、春には花が咲き、あきには木々が色鮮やかに彩られる。だからいつも大学で美しい季節を楽しむことができるのです。</P><P>　私はまた、貴重な、大学の図書館を説明したいと思います。以前私はここの図書館よりももっと大きな図書館に行ったことがあります。しかし、こんなに便利で現代的な図書館には行ったことがありません。ここの図書館を利用できる皆さんがとてもうらやましく思います。私の夢はこのような図書館をロシアで持つことです。</P><P>　とてもたくさんの鮮明な記憶を私の心に残したのは学生たちであり、特にロシア語を勉強している学生たちです。彼らとつきあうことは私にとってとても興味深いことであり、とても貴重なこととなりました。授業始まりの年の研修旅行でロシア名を受け取ったばかりの大学１年生と知り合い、最初の授業、初めてのロシア語、そしてついに、最初のロシア語コンクールがあり、大学１年生はロシア語で詩の暗唱（これは彼らにとってはまだ難しいものでした。）ー私にとってこれは全て忘れられないものです。そして、伝統的にあきに行われる大学祭でロシア語学科の学生がどんなに努力をしていたことでしょうか。彼らは教室の一つからロシア料理の店を出し、訪問客から成功を収めていました。また、ただ勉強することだけではなく、美味しく料理し、とても仲良く仕事をすることができることを証明してみせました。</P><P>　私の学生たちは私が日本語を話せないことを知っていて、いつもロシア語で話そうと努力していました。しかし時々、面白い表現がありました。例えば、最初の授業の始まりの時に、私は１年生の手の中にクロコジル（日本語でワニのこと）のおもちゃがあることに気付き、「彼の名前は何ですか？」と質問しました。女学生は「ワニ」と答えました。そして私は、彼女はクロコジルをロシア名の「ワーニャ」と言って冗談を言っているのかと思い、その名前を称賛しました。あとで私は日本語で「ワニ」はクロコジルのことだとわかりました。</P><P>　私は日本語を話すことをもっと勉強したいと思っています。モスクワで一生懸命に勉強します。モスクワ国立大学での私の仕事の限りでは、私のこの気持ちを可能にしてくれると思っています。</P><P>　４　ロシアでの学生と日本の学生との間に何か違いを見ることができますか？</P><P>　ロシアで私は、モスクワ国立大学で外国人にロシア語を教えています。だから、全体としてのロシアの学生について話すことは私にとって難しいことです。しかし、家には二人の学生である子供達がいますので、私は、子供達の言葉からロシアでの現代の学生生活は聞くことができます。</P><P>　私の意見で、基本的な違いは日本の学生の多くがアルバイトをしていることです。仕事と勉強を両立することがとても困難であることは明らかであり、これでは学生たちの良い成果を話すことはできません。ロシアの学生はこのことをよく理解していて、まれにアルバイトをしていたり、または仕事に努力しているにしても、それは自分の専門、例えば、家庭教師などのようなものと関連づけています。</P><P>　ロシアや他のヨーロッパの国々、アメリカ合衆国の学生達は、自分たちの事業でより積極的にデモンストレーションをし、恥ずかしがらずに講師に質問します。日本の学生はたとえ、正しい答えを知っていたとしてもすぐに答えようとしないように思えます。彼らは他の学生の意見を気にしているのです。こういうことによって評価はできないが、ただ日本の学生と他の国の学生の行動に若干の違いを指摘することはできます。</P><P>　５　ロシア語を勉強している学生達に何か話したいことはありますか？</P><P>　札幌大学でロシア語を勉強している、私がロシア語を教えていた学生の皆さんに言いたいと思います。「親愛なる皆さん、私はあなた達をとても愛していますし、決して忘れません。」私はあなた達の中に若々しい新鮮な頭脳と心があることを信じますし、健康と成功を祈りつつ、また皆さんとの新しい再会を望んでいます。モスクワに来て赤の広場を散歩し、クレムリンを見たり、快適な喫茶店でお茶を飲みながら、ロシア語や日本語ついて話をしましょう。親愛なる私の札幌大学とお別れはしたくないけれど、今はこう言います。「また新しい出会いまでさようなら。」</P><P><CENTER><HR><A HREF="../26english/26topics.html">Topics</A></CENTER></P><P><CENTER><A HREF="../index.html">Index</A></CENTER></P><P><CENTER>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</CENTER></P></BODY></HTML>