<!--This file created 02.1.16 4:09 PM by Claris Home Page version 2.0J--><HTML><HEAD>   <TITLE>shirahama29j</TITLE>   <META NAME=GENERATOR CONTENT="Claris Home Page 2.0J">   <META HTTP-EQUIV="Content-Type" CONTENT="text/html;CHARSET=x-sjis">   <X-SAS-WINDOW TOP=42 BOTTOM=613 LEFT=4 RIGHT=534></HEAD><BODY BGCOLOR="#FFFFFF"><P><CENTER><B><FONT SIZE="+2" COLOR="#AF0000">飛び級問題</FONT></B></CENTER></P><P ALIGN=RIGHT>２年　白浜　恵</P><P>「教育を変える１７の提案」が２０００年１２月２２日、教育改革国民会議によって提出された。その内容の一つに大学と大学院に関する飛び入学推進という非常に興味深いものがあった。これは「能力のある者には早くから高等教育を受けさせ、各分野のプロフェッショナルを作り出す」という考え方によるものだ。この提案が制度化すれば、どのような変化が起こるのだろうか。</P><P>この提案では、大学入試について「１８歳の入学年齢制限を撤廃する」としている。そして大学院入試については「優秀な学生が学部の３年修了から進学することを大幅に促進する」としている。</P><P>いわゆる「飛び入学」によって、早い時期から各分野についての高度な教育を受けさせることは「好きな勉強をさせる」という点から考えると良いことだろう。飛び入学によって育成されたプロフェッショナルは社会に貢献できる様々な知識と技術を手にするだろう。</P><P>特に大学院は、大学での知識を基礎にして自分の学びたいことを教授陣と共に個別で研究していく場所なので、学生個人がしっかりとした気持ちと学力を持っていれば、飛び入学をしても問題はないはずだ。</P><P>だが、高校から大学への飛び入学については、二つの問題点が考えられる。一つは、将来、多数の大学飛び入学を制度化し、推進されれば、高校を予備校と同一視する生徒が増えてしまうだろうという点である。１６歳から１８歳という多感な時期にも関わらず、友達との交流を軽視するようになり、高校生を取り巻く環境が、学習面でも精神面でも悪化し、本来の高校が果たすべき役割が軽くなってしまうのではないかということだ。</P><P>現在でも、知識を与え、試験の点数を上げることだけが重要視されるようになったと言われる高校が、さらにひどい状態になり、生徒達を苦しめる可能性があるということだ。</P><P>二つ目は、他の生徒よりも速いペースで進学することは学生個人の成長に支障があるのではないかという点である。高校という区切られた限られた集団社会から大人の社会である大学へ飛び込むことで、孤独を感じたり、大学生活の中で心を許せる友人を作ることが出来なかったりと、心に負担がかかってしまうはずだ。心にかかった負担によって、人としての発達に欠陥が生じる可能性も否定できないのである。</P><P>このような危険をはらむ飛び入学制度によって高度な勉強をさせるのではなく、今も求められているのは、高校教育全体を生徒達の精神面、学力面から改善することである。自由に選べる多様なカリキュラムや習熟度別のクラス編成など、様々な対応が考えられるだろう。</P><P>飛び入学は優れた才能を生かしたプロフェッショナルを作り出す可能性と人間間係を築くことの出来ない「専門家」を生み出す可能性を持っている。この両極端な可能性を秘めた飛び入学よりも、高校教育を見直し、学ぶ楽しさを回復することで、生徒が自主的に勉強したくなる環境を作りだし、学力を向上させることが必要なのである。</P><P><CENTER>　<HR><A HREF="../29english/shirahama29e.html">English</A></CENTER></P><P><CENTER><A HREF="../29english/29topics.html">Topics</A></CENTER></P><P><CENTER><A HREF="../index.html">Index</A></CENTER></P></BODY></HTML>