<!--This file created 02.4.28 3:48 PM by Claris Home Page version 2.0J--><HTML><HEAD>   <TITLE>yokoyama32j</TITLE>   <META NAME=GENERATOR CONTENT="Claris Home Page 2.0J">   <META HTTP-EQUIV="Content-Type" CONTENT="text/html;CHARSET=x-sjis">   <X-SAS-WINDOW TOP=43 BOTTOM=758 LEFT=4 RIGHT=534></HEAD><BODY BGCOLOR="#FFFFFF"><P><CENTER><B><FONT SIZE="+1"COLOR="#0000AF">相馬先生インタビュー</FONT></B></CENTER></P><P ALIGN=RIGHT>１年　横山　千恵</P><P>　相馬先生は今学期をもって、29年間勤めた札幌大学教授を定年退職する。先生はロシア語の他にロシア文学史、文学概論を中心に教えていた。</P><P>　相馬先生は1929年生まれの秋田県神宮寺出身で、東京外国語大学ロシア語学科を卒業した。</P><P>　なぜロシア語を勉強したいと思ったのか尋ねてみた。「英語も大好きだったが、高校時代にラジオで聴いたロシア語の響きに魅せられた。またロシア文学が大好きで、ドストエフスキーの『罪と罰』を読み、物語の情景など文学の中で話されているロシア語がどのように発音されるものなのか聞いてみたいと思った」と語ってくれた。</P><P>　また、昭和25年の卒業当時は就職難でもあり、ロシア語での就職はゼロに近く留学もできる環境ではなかったようである。結局、先生は3年間秋田県庁に勤められたが、英語の翻訳ばかりをしていてロシア語には触れることはなかった。その後、内閣官房内閣調査室でロシア語関係の仕事に初めて就職できた。しかし、希望とは裏腹にやらされたのは翻訳ばかりであった。やがて、実際に生きたロシア語に触れたいという思いが募り、ここでは19年間勤めてから、札幌大学に赴任することにした。札幌大学では、自分の生涯をかけた研究であるシチェドリンの作品の翻訳をやりながら、ロシア語学科長、外国語学部長も務めるというハードスケジュールだったため、50歳からの10年間は非常に厳しいものであった。</P><P>　だが辛かったことばかりではなかった。「教室で教えること、学生との会話が1番楽しいことだった」と笑顔で語ってくれた。先生はとても明るく、フレンドリーで、ユーモアが溢れていて、学生に人気があり親しまれている。</P><P>　退職後の人生設計は、「4月からは埼玉県に行くことにしている。そこには越生梅林など自然が多いところなので、魚釣りや温泉などに入ったりしてゆっくり趣味を楽しむ生活をしたい」と地図を見せてくれながら楽しそうに語ってくれた。また、「札幌に30年間住み、ここに墓も購入してあるので、またときどき戻ってくることになる」とも語ってくれた。</P><P>　私達1年生は、先生の講義がなかったので非常に残念である。この機会がなければ会話さえすることもなかっただろう。だが、非常に楽しいインタビューであった。これも先生の優しい人柄のせいであろう。</P><P>　先生の今後の人生が、ますます素晴らしいものになるようにお祈りして、このインタビュー記事を終わります。</P><P>　</P><P><CENTER><HR><A HREF="../32english/32topics.html">Topics</A><BR><A HREF="../index.html">Index</A></CENTER></P></BODY></HTML>